彼氏と思っていいですか?

それに朝陽くん側の事情がもうひとつあった。
サッカーの地区予選があるので、朝も昼も夕方も、それから休みの日も部の練習で忙しかったというのだ。

メールも電話もなかったのはそういうことだったのか。
身体を酷使してくたくたになっていたら、用もないのに連絡なんてできないよね……。

「てっきり知っているものだと思ってた。大会が近いって、俺、言わなかったっけ?」
「……聞いてないです」

でも、思いあたるふしもあった。
お弁当の材料を買いにいったとき、部活帰りの幹仁くんに会った。あれはそういうことだったのか。


「紗菜、怒ってる?」

「ううん。私が勝手にぷりぷりしてたんだなあ、と思って」

「やっぱ怒ってるんじゃん」

「過去形だよ」

憶えておくよ、と朝陽くんは言う。

「紗菜は怒るとすげー怖いから、肝に銘じておく」

「そんなことない……と思うよ」

「悪いとは言ってないよ。怖いけど、なんか可愛いっていうか、あえて怒らせたくなるっていうか」

「はい?」

理解不能な風向きを感じ取った私は、そこのところ詳しくとばかりに続きを促した。

「叱られたい気持ちもちょっとあったりして。俺もこんな自分、知らなかったんだけど」


やっぱりそうだ。
私たちのあいだには、知らないことが多すぎる。

だから、不安、疑問、興味、浮かんだことはまずは声に出して『ああそれはね』って返る言葉を待って、ふたりで共有していけばいいんじゃないかな。

今は、そんなことを思う。


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