アイドルなんて、なりたくない<font color=
「何もありません。ただ…」

「ただ?」

優衣は、迷いながら

「胸騒ぎというものでしょうか、胸の奥がざわざわするような感じがいたします」

そう答えた。

「胸騒ぎとな」

「はい。ただ、このような感じ、昔あったような気がするのです」

優衣の表情に影がさす。

「昔とは?」

祖父の問い掛けに迷いはあったが

「五年前の…」

小さく答えた。

辰之助は、しばらく考えていたが

「まあ、そろそろとは思ってはいたがな」

と言い立ち上がる。

「さて、今日は集中が出来ぬだろう。静の手伝いでもしてきなさい」

柔らかい表情で言う。

祖父としての顔だ。

「はい、分かりました」

一礼してから立ち上がり、隅を静かに歩き出した。

入り口で、もう一度一礼して母屋への廊下を渡る。

辰之助は、

「ふむ」

と腕を組んでから

「これは一波乱だけでは済むまい」

呟くと

「今日は連絡を待つとするか」

そう言った後、

「ふぉっふぉっふぉっ」

陽気な笑いながら、道場から出ていく。

どうにも、どこか《くえない》じいさんである。
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