アイドルなんて、なりたくない<font color=
「撫子!」

地面に触れる寸前に慎吾は撫子を抱える。

涙を流し、悲しい表情のまま意識を失っている。

「撫子…」

慎吾が呟くと

「撫子の命も、あと少ししかない」

奥の方から誰かが出てくる。

「圭子殿」

慎吾が、その名を呼ぶ。

蒼龍神社の若き祭司である圭子だった。

圭子は、撫子の頬を撫でて

「可哀相な妹。愛する者の死を止められず、後を追う事も許されない」

圭子の言葉に

「それは?どういう…」

慎吾には引っ掛かる部分がある。

「私達、祭司は自らは死ねません。誰かが傷つける事も出来ません。…龍神の護りによって」

圭子も、少しだけ悲しげだ。

「それが、祭司が使命を果たす為だからです」

きっぱりと答えた。

「使命とは?」

慎吾の問いに圭子は沈黙で返した。

その後、終戦を迎え平穏な日々が戻ってきた。

その時、撫子のお腹には、秀吾との間の新しい命が芽吹いていた。

だがその時、撫子の体は出産に耐えきれない程に衰弱していた。

当然の事ながら、周囲は出産に反対したが、撫子は、それを受け入れなかった。

そして、静を出産した後に使命を果たしたかのように、撫子の命の炎は消えた。
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