薔薇の香りと共に
「ナイル、もう下がっていい」
その言葉に私はハッとした。
それは執事の彼に掛けられた言葉で、彼は一礼すると部屋を出て行った。
あの人、ナイルさんって言うんだ…
「掛けないかい?」
ナイルさんを目で追っていると、ソファーに座るよう促された。
日本語…話せたんだ…、あ、そういえばどうぞから日本語だったっけ…。
黒い革張りのソファー。
私は、それにまた浅く腰掛けた。
目の前には、ソファーに腰掛け、膝に肘を付き、手を組んで私と視線を合わせてくる…
クラウス・ミッドフォード…。
冷たい瞳が私を見つめている。
なんだか…怖い…
そう思ったのも束の間。
次の瞬間、彼はふと優しい笑顔を浮かべた。
「大きくなったね、ユエ。」
「え…」
「覚えてないのも無理ないよ。僕が君と過ごしたのは、レイコが君を産んで間もない頃だったから」
お母さんが私を産んだとき、傍に居たの…?
「だから、会うのは16年ぶりだ。ユエ、16歳の誕生日、おめでとう」
「あ、……ありがとう」
そ、そうだ…今日は私の誕生日だった…
「君がここへ来ると聞いた時は、本当に嬉しかった。…まだ、僕が父親とは思えないかな?」
「う…ん…ちょっと、微妙…」
「そうか。レイコから僕のことは?」
「名前だけしか…」
「そう。それじゃあ、全て僕が教えよう。僕のことと、君のことを」
父のことと、私のこと。
これがどんなに衝撃的なことか…本当に、想像もしていなかった。