Sweet Honey Baby
 「…婚約者って言ってもどれだけもつものか」

 「シマちゃん…」




 困ったようにあたし付きのメイドののりちゃんが、小さな声で同僚を諌めている。


 …こっちも、頭が痛いかも。


 のりちゃんが話しているメイドさんは、もう一人ついているあたしの専属の使用人で、なぜかあたしを嫌ってる急先鋒。


 さすがにプロだけあって、あたしの前では完璧に繕ってるけど、一度、のりちゃんとの会話を立ち聞きして以来、そのことに気が付いた。


 今回は、これで二度目。


 …こんなお邸のご主人一家が、普段来ないような場所に平気で出没している自分が悪いんだろうけどさ。


 廊下の柱の陰でこっそり隠れるようにして、まるで立ち聞きしてるような状況だけど、そこを通らないとあたしも自分の部屋に戻れない。


 …いや、たぶん回り道してゆけばこの広いお邸はどこからでも好きなところへ行けるのだろうけど、まだそれほど決まった道筋以外に邸内を把握していなかったし、陰口言われているあたしが逃げるように立ち去るのはなんだか納得がいかない。


 もちろん、使用人にだって使用人の本音や好悪がある。


 あたしが両者の専用スペースを守れば、そうした感情のすれ違いに気が付くこともなく、スムーズに物事は進むんだろうなとは思う。


 でも、それじゃあ、寂しいし…悔しいじゃない。


 なんて。


 家庭教師もメイド頭の稲垣さんにも、秩序は大切だと言われてはいるんだけど。




 「前の婚約者も、その前も、坊ちゃんが飽きちゃってあっという間にお払い箱」

 「…そんな言い方ないんじゃない?千聡様は、とっても可愛い方だし、優しいし」

 「別に優しいかどうかなんて関係ないじゃない。坊ちゃんの周りには優しい人なんてごまんといるんだし、どうせ政略結婚なんだから性格や容姿なんてどんなんだって一緒なんでしょ?」




 ズバリと言いたいことを言ってくれる。


 あたしだってそんなものを求めてないし、求められてもいないけど、他人に言われたいことじゃない。


 …仕方ない。やっぱり戻るべきだよね。


 この後には語学の授業が入っている。


 Mrs.ジェファーソンの渋面を思い浮かべると気が重い。


 遅刻や欠席だけはしたことがなかったのに。


 あまり褒められることが少ないだけに、その貴重な機会を逃すのは…ね。


 ソロリ、ソロリと後ろへと後退し、踵を返して二人の声が聞こえなくなったところで障害物にブツかる。




 「ぶっ」

 「ってぇ…なんだよ」



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