Sweet Honey Baby
 相当痛かったらしく、あたしの頭が当たった顎を擦って、涙目になっている。


 普段は取り付く暇もないくらいに整った顔立ちが、そうしていると年相応に見えて多少は可愛い…かも。




 「この石頭っ。どこ見て歩いてんだよ」




 やっぱり可愛いと思ったのは気のせいだったみたいで、毒づいてくる男の憎々しさは相変わらず。




 「…ごめん。ちょっと、よそ見していて」




 ぶつくさ言う男に素直に謝って、通り過ぎようとして気が付いた。




 「あれ…これからバイク乗るの?」




 上下の繋ぎはあたしには見慣れたもので、こんなどこでも車に乗っていそうなお坊ちゃまに似合わない。


 そうでもないか。


 足長いし、スタイルいいもんね。


 値段も高いの着てるんだろうけど、ライダースーツに負けないスタイルは、この男に興味のないあたしでもちょっとは見惚れる。




 「ああ…ちょっとな。お前、学校は?」




 そういえば、いつの間にこいつ帰ってきたんだろう。


 あまり真面目な風でもない見かけのわりに、学校には真面目に通っているらしく、一也は毎日決まった時間に学校へと通学していた。


 …高校生なんだもんね。




 「えっと、あたしはもう大学休み。そういえば、そっちもそろそろ卒業式なんじゃないの?」

 「…まあな。でも、俺のところはエスカレーターだし。もうちょっと、休みまでは間があるな」

 「ふうん」




 婚約者と言ってもお互いのことに関して知識は皆無。


 聞いてみれば、超お坊ちゃまとはいえ、そこらの男子高校生とそう変わりはなさそうだ。


 が…。




 「ちょっ」




 いきなりデカイ体が迫ってきて、思わず下がると下がったまま追いかけてくる。


 トン。


 背中に壁の感触。 


 それ以上、後ろに下がりようがないあたしの顔の両側に、両手をついてキレイな顔を傾けてくる。


 うげっ。


 ガシッ。
 



 「……おい」




 両手でつっぱってる顎が、ググッと下がって、無理矢理両手でその手を振りほどかれる。




 「ひ、ひ、昼間だし?」

 「それが?」

 「えっと、今から出かけるところなんでしょ?」




 眉根を寄せた顔が、あたしをジッと見下し、しばし蛙と蛇の睨みあい。


 やっぱり、マズかった?


 でも、恋人でもないのに、キスとかキスとかキスとか…。


 そりゃあ、結婚するんだからHとかありなのはわかってるけど。


 なんだか、こういう距離感は困るんだよね。


 フッと空気が緩み、男が両肩を竦める。




 「別にいいけど。お前、変な女」

 「へ?」

 「初対面で寝ておいて、今更キスくらいでもったいぶることないだろ?」

 「……」




 おっしゃる通りで。


 それで興味を失ったのか、そのままあたしを放置し踵を返す。


 はあ。


 なんなんだろ、こいつ。




 「…おい」




 振り返った顔が、面倒臭そうに顎をしゃくる。




 「乗せてやろうか、バイク」

 「え?」

 「…お前も来いよ」




 どこへよ。
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