Sweet Honey Baby
三食昼寝付も楽じゃない
 「聞いてますか?千聡さん」




 コツコツと、いかにも尖がった鋭角的な足音を立てて、あたしの目の前で止った直角90度に伸びた足…。




 「…あ、すいません、ちょっとボウッとしていました」




 愛想笑いでへらへら笑うあたしに、ブリザート吹きすさぶ極寒冷気を浴びせ、ヒクつく顔を無理矢理に微笑ませるMrs.ジェファーソン(そんな名前だったよね?確か)。


 外人のくせに、日本人のあたしより難解な日本語で、あたしには宇宙語にも等しいフランス語とやらを詰め込むべく目下、任務を遂行中。


 あたしは、なんだってこんなとこで延々とこのオバサンと向き合ってなきゃならないんだ…。


 はあ。


 内心の溜息は、もちろん顔には浮かべない。


 それが、あたしの契約…。


 あたしの20年間の人生で、いまだかつてお目にかかったような大豪邸で、興味の欠片もなかったブランド服を身に着け、いくらするんだか本来触れるのも恐ろしいアクセサリー類を身に帯びて、ニッコリ笑って、優雅にお辞儀して、ありとあらゆるお嬢様教育とやらのご教授を受けていた。


 …あ、花嫁修業だっけか、これ。




 「こんなことで、来年の6月の結婚式に間に合わせることができるとお思いですか?」

 「…いや、別に語学まで急いで身に着けなくっても、結婚してからおいおい」

 「Oh!なんてこと。いいですか!?この財前家は、世界的に名を轟かせる大財閥。結婚式には当然、日本の著名人ばかりではなく、海外からもたくさんのお客様がいらっしゃいます。その方々に祝賀を述べられて、花嫁であるあなたが理解できない、話せないですませられると思っているのですかっ!」




 ありえない…とその年の割には綺麗なオバサンの顔があたしに語っている。


 いやあ、別に、これだけ金持ちなんだから、通訳つけてくれれば問題ないんじゃ…とは言い出しにくい雰囲気。


 だいたい、ごく一般的な女子大生のあたしが、急にフランス語だあ、ドイツ語だあ、中国語だ、言われてもねぇ。


 中高必須だった英語ですら、ロクにしゃべれないあたしにはどう考えたって来年の6月どころか、あと数年頑張っても何とかなるレベルじゃない気満々だ。


 でも、ここで、そんなことをペロっと言える雰囲気じゃない。


 となったら…。




 「…わかりました。鋭意努力します」




 険しかったオバサンの顔が、わずかに和み、大きく頷いた。




 「では、65ページ目から」









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