Sweet Honey Baby
 ひんやりとした冷たいものが頭にのせられ、なんだかそれがすごく気持ちがいい。


 ガキの頃、けっこう熱を出しがちだった俺の額に、こずえがよく濡れタオルをのせて看病してくれていたのを思い出した。


 デカくなったら、なんだかそれもうざくなって、大抵一人で我慢して寝てれば、2,3日で体調は回復した。


 それでも、けっこう風邪を引きやすい自分が嫌になる。


 ガキの頃みたいに虚弱というほどじゃなかったが、それでも免疫が弱いのか、しょっちゅう風邪をひくし、片頭痛も持ってる。


 見た目の頑健さから、そんな情けない自分を知られることはめったになかったけど、それが俺の唯一のコンプレックスだった。


 鍛えても鍛えても、なぜか思い通りにならない身体。


 …くそ、こんなんじゃ、親父やあの女にどう侮られるかわかったもんじゃねぇ。


 ちょっとぶったるすぎだったかと、反省しているうちに、底に沈んでた意識が浮上してきた。




 「あ、起きた?」


 覗き込んでいる女の顔が、誰だったか一瞬わからなかった。


 こんなメイドいたか?と思って、瞬きして、ようやくそれが誰だかわかる。


 癖のある色素の薄い栗色の髪と、白い肌と、今は黒い…海の色のような目をした変わった女。


 …俺の婚約者だって?


 いったい何人目だよ。


 俺が少し突っついてやって、親父が少しでも条件のいい女を他に見つけてくれば簡単に違う女にすげ替えらる。


 それとも、親父がいい塩梅に女の実家の旨みを取りこんじまえば、それはそれでジ・エンド。


 意味ねぇよ。


 白い肌の温もりも。


 女の笑顔さえも、何の意味もない。


 それなのに、なぜか気になって。


 使用人たちと親しく口を効くなんて女がただ物珍しかっただけなのかもしれない。


 それでも、俺には見せない笑顔を見て見たくなって、声をかけてもこの女は少しも靡いてこなかった。


 なんでだよ。


 どんな女も俺には媚び一杯の顔で笑うんだぜ?


 少しも綺麗だなんて思ったことはないけど、多少は俺の自尊心をくすぐってはくれた。


 ムカつく。


 そう思うのに、その端から無視きれなくって。


 ここのところの試験勉強を理由にこの女を遠ざけていたはずだった。


 …高校時代最後の総仕上げだ。


 このまんまじゃ崇史のやつに負けちまうかもしれねぇ。


 どうしても、親父とあの女に俺の優秀さを見せつけなければならねぇっていうのに。


 雑念だらけの自分を律するのが難しいなんて、いままでの俺の人生ではありえないことだった。




 「あれ?まだ、ぼうっとしてる?」


 目の間に翳された白い手を握って、引っ張り寄せれば、簡単に胸の中に落ちてきた。




 「ちょっ!何すんのよ」
< 30 / 88 >

この作品をシェア

pagetop