Sweet Honey Baby
 「……お前、俺の女なんだろ?」




 掠れた声が、どこか弱々しくて我ながらゾッとした。




 「俺の女…うーん、まあ広義では間違ってないかもしれないからあえて否定しないけどね。39℃も熱出してて、そういうの無理だから」

 「熱?」




 喉にタンが絡んで、言葉が発しづらい。




 「…あんたは薬飲まないって言ってたけど、さすがにドンドン熱があがるし、ほっておくわけにもいかなかったんだよね」




 女が手に持っている袋に目を凝らすと、見慣れた表示に、主治医が来たことを悟って、不機嫌に顔を歪める。




 「そんな顔しない。ただの風邪だって。栄養あるもの食べて、温かくして寝てればすぐ直るって言ってたよ。まったく!体調悪いなら、悪いで、それなりに気をつけなきゃダメじゃない」

 「…気を付けてたけど、悪くなっちまったものはしょーがねぇだろ」




 ふてくされた俺を、まるでしょうがないガキでもみるような見下した目で見やがって。


 フフンと笑った顔が、優しく緩んで、頭を撫でられた。




 「よしよし、イイ子だから手を放して。ちょうど良かったよ、今、おかゆ作ったから起こそうと思ってたんだよね」

 「は?おかゆ?」

 「そ、料理屋の娘お手製のおかゆだよ!ここのシェフには及ばないかもしれないけど、シンプル・イズ・ザ・ベスト!」




 こいつの滅茶苦茶な横文字が意味不明。


 胸を押されて、つい力を緩めたらスルリと抜け出されてしまった。 


 いなくなった体温に、妙に寂しい気持ちがする。


 女と寝ても、一緒に眠ったりしたことがない俺が人寂しいなんて。


 病気ってやつはホント、厄介だと思い知る。


 気弱な自分を見せる醜態を晒したくなくって、口をつぐんだ。




 「じゃ、ちょっと待ってて。おかゆ持ってくるから。食べれるだけでいいからそれ食べて、薬飲みな?着替えは…自分で出来ないようなら、しょうがないから手伝ってあげるし」

 「……こずえは?」

 「こずえ?」

 「メイド頭の稲垣だよ」

 「ああ。母親みたいな年の人に、よくあんた呼び捨てにできるわね」




 呆れるように言われても、生まれた時からそういう環境だ。


 何が一般常識で違うかも、十分教え込まれてたけど、それがなんだ?


 俺の家では俺が法律で、この家にはこの家の常識がある。




 「…うるせぇよ、なんでここにこずえがいねぇんだよ?」




 そういうと女がなぜか変な顔をした。




 「いや、だって誰も呼ぶな。2時間したら起こせって言うからさ。あたしがいないといけないのかと思ったんだけど、そうじゃないなら、仰せのとおり稲垣さんに交代してもらうよ」




 ガキの頃からこずえは俺の世話係で乳母みたいなもんだ。


 俺の看病をしているならこずえだろうと思ったから聞いてみただけで、別にこずえを呼んで欲しいわけじゃなかった。


 そのまま戻ってこなくなりそうな女の言動に焦って、急いで命令した。




 「…飯もってこいよ」

 「はい?」

 「おかゆ、作ったんだろ?作ったお前が持って来い」
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