Sweet Honey Baby
 命令口調に微妙な顔をしながらも、




 「…なんでそんなに偉そうなの?信じられない」




 しぶしぶ踵を返す様子がなんだか嬉しい。




 「おい」

 「なによ?」

 「すぐに戻って来いよ」




 なんだか変な顔してるのは、なんか文句でもあるのかよ。




 「……口に合わないからって文句言わないでよね」

 「不味かったら食わねぇに決まってんだろ」




 俺の減らず口に肩を竦めて部屋を出て行った。










 「だいたい、やっぱりサプリメント中心の食生活が不健康なのよ」




 俺のベッドに椅子を持ち込んで、ブツブツ言う女の言葉に適当に頷く。


 俺が女の話を黙って聞いてるなんてレアだけどよ。


 実際のところ、この女が何をしゃべっていても半分以上聞き流していた。


 て、いうか、内容なんてどうでも良かった。


 ただ、なんとなくこの女の甘ったるい声が聞いていたかっただけ。


 砂糖菓子みたいな見た目そのまんまに、声も女々してるけど、この女の中身はまるで違っていて、それが小気味よくて面白かった。




 「ちょっと、聞いてんの?」

 「……ああ」




 目の前の飯を咀嚼し、飲み下してから頷く。


 それを見て、満足そうに微笑む顔が可愛いなんて、俺も熱でどこかやられてしまったらしい。




 「あんた、食べ方綺麗だよね」

 「……あ?」

 「いや、やることなすことあたしの想像していたお坊ちゃま像から相当離れてるけど、やっぱりあんたってお坊ちゃまなんだねぇ」




 妙なことで関心して、納得している。




 「そのお坊ちゃまっていうのやめろ」

 「ええ~?おぼっちゃまじゃん。病気でヘロってるって言ったら、おかゆが定番だっていうのに、まさか、なんたらリゾットとか言われるとは思わなかったわ」




 最初、この女もシェフに俺の飯を作らせようとしたらしい。


 けれど、一流シェフなんかに単なるおかゆを作らせるのは…とか思ったとかで、自分で作り出したそうだ(自分で言いまくってた)。




 「…俺もこんなの初めて見た」




 単なるびちゃびちゃの白い飯に梅干しが一つ。


 中華系の粥も食ったことはもちろんあるが、それにしても何の出汁もとってない単なる白がゆとはな…。




 「あんた、入院したことないの?」

 「ねぇな。お前はあんのかよ」

 「…まあ、少し前に身内がね。こんなんいい方で、ほとんど水か!みたいな重湯がでるんだよ?」

 「…いや固形度の問題じゃねぇんだけど」




 それでも、口に含んでみれば、食欲がない身にはありがたく、サッパリと食いやすい。




 「なんだ、けっこう食べるんじゃん」




 自分でも驚いた。


 こんな素人が作った単なる白がゆが、こんなに美味いなんて思わなかった。


 …まあ、普段から食いたいとはとても思えねぇが。


 それでも。




 「もう少し、食欲出るようになったら鍋焼きうどんつくってあげるよ」

 「…ああ」




 言われて思わず頷いていた。


 カロリーは効率よくサプリメントで十分にとれるっていうのにな。




 「それとも、ここのシェフさんに、美味しい病人食作ってもらう?」




 聞かれて、これまた無意識にそっこう返事を返していた。




 「いや、お前作れよ。素人丸出しの上手くもねぇもんでも、我慢して食ってやる」

 「…なによ、その言い草、失礼しちゃうわね」




 面白くなさそうにツンとしながらも、




 「ま、けっこう食べたし、薬飲んじゃいなよ。もう一眠りしたら熱も下がって、ご希望どうり明日のテスト行けるんじゃないの?」




 …それを考えるとちょっと憂鬱になる。


 くそ、崇史のやつの高笑いが見えるぜ。




 「…わかんないなあ。そこまでブルーになるようなこと?確かに一生に一度の答辞役に抜擢されないのは悔しいかもしれないけどさ。今までの努力はそこ一点だけじゃなくって、もっと広い意味であんたの為になってるんじゃないの?」

 「……お前は、人生教訓垂れる教師か」

 「ははは、あたしもちょっと思った。人がせっかく慰めてるんだから、素直に慰められてなさいよ」




 お気楽ないい方の中にも、俺へと気遣いがあって。


 だから、俺もつい言うつもりのないことをこの女には言ってしまうのかもしれない。




 「卒業式には親父も来んだよ」

 「え?お父さん?マジで」

 「ああ。毎年、俺が入学してから巨額の寄付してっからな。来賓として招待されてるから、間違いなく来るな」

 「へえ?」




 興味深そうに俺を見て小首を傾げた。


 サイドテーブルの上の薬に手を伸ばし、傍に置いてあった茶のグラスで飲み下す。




 「一ちゃん、けっこうお父さん子なんだ」

 「ぶぅっっっつッ!」

 「きゃっ、ちょっと!汚いわねっ。なに吹き出してんのよっ」
 



 俺は大真面目に咳き込んでしまっていた。









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