Sweet Honey Baby
 それから数日後…。


 長~い廊下を歩いていると、窓の向こうに見慣れた頭が見える。


 ついつい掃き出し窓を出て、バルコニーの上から見下し声をかけた。




 「お~い、一ちゃんや」




 デカイ図体のわりに小さな頭がキョロキョロと周囲を伺って、やっとこちらを見たのに手を振る。


 頬杖をついているあたしに、一也はフンと鼻を馴らし、そのまま知らん顔でバイクを再び整備しだして、あたしもなんとはなしに眺め続けた。


 一也とはつかず離れずの関係を維持している。


 顔を合わせれば雑談するくらいには友好的にはなった。


 でもだからといって、互いに婚約者としての自覚などあるわけではなくって、あたしは弟を見るように、たぶん一也は奇妙な同居人をみるような感覚で互いを許容しあっていた。


 それでも、多少変わったのは、一也があたしを無闇にベッドに引きずり込もうとしなくなったことで。


 最初の出会いを考えれば、なんて喜ばしいことだろう。


 いずれ結婚するにしろ、しないにしろ、やっぱり恋愛感情のない高校生とするのはねぇ。


 なんだかちょっと疚しいような、背徳的な感じがしてあまり気が進まなかったから。


 やりたい盛りの男子高校生なんだから、一也の方には男の生理ってものもあるのだろうけど、不思議にあたしと肉体関係がなくなっても、一也に他の女の影を感じなかった。


 まさか、初日に言ってたとおり、他の女を控えてるわけでもあるまいし?


 一也なら親に押し付けられた女が相手をしなくても、いくらでも女が寄ってきただろう。


 それこそ、同じ高校生の中でも容易に相手を見つけられて、不自由しないだろうと思うから、まあ上手くやっているんじゃないかな。




 「ねぇ、一ちゃんてば」




 返事をしないので、何度か呼びかけてやったら、やっとこちらを見上げて返事を返してきた。




 「…その一ちゃんてやつは俺のことかよ?」




 青筋たてて怒ってくるけど、この位置関係ってすごくいいかも。


 デカイ男を下から見上げる分には、年下とはいえけっこう度胸がいる。


 けれど、上からだと一也の高校生らしからぬ威圧感もあまり効果がなかった。




 「他に、いないじゃない。かずちゃんて呼ばれたことないわけ?」




 苦虫を潰したような顔で否定しないところを見れば、ないわけではなさそうだった。


 へえ、こういう男でもそうやって呼んでくれる友達がいるんだ。


 またここでも一つ、こいつのことを発見して、嬉しいんだか別にどうでもいいんだか。




 「…その一ちゃんってのはやめろ」

 「なんで?ヤなの」

 「…ああ」




 どうしても呼びたいわけではないからどうでもいいんだけどね。


 それでも、じゃあ、なんて呼べばいいのかとちょっとだけ頭を悩ます。


 一也?うーん、慣れなれしすぎる気がする…かずちゃんでも十分馴れ馴れしいか。


 でも、恋人でも友達でもないし、本当の弟でもないんだしねぇ。


 一也さん…なんか気取ってる。


 じゃあ、財前くん!…いまさら?


 ひとしきりどうでもいいことを悩んで、




 「ああ、そうそう。そうじゃなくって、あんたに聞きたいことあったんだわ」

 「…なんだよ」

 「なんかさ、行く先々であんたに出くわしてる気がするけど、もしかして、あたしの後つけてる?」

 「………」




 黙ってしまった顔が憮然としているのは、いったいどうとればいいのだろう。


そもそも、ここ東館に住んでるこいつが、わざわざ西館に現れるようになったんだって、ここ最近のことだよね?


 バイクの整備くらいこんなところへわざわざ出張して来なくっても、自分のところでいいじゃん。




 「…あたしのこと別に好きじゃないってあんた言ったよね」




 己惚れたくないけど、念を押しておかないと、なんだか落ち着かなくって聞かずにはいられなかった。




 「そうだ、って言ったら、お前どうする?」

 「……は?」

 「お前のこと、俺が好きだって言ったらお前どうすんだよ」









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