Sweet Honey Baby
 ……。




 「え?うそ、うそ。財前様と二股かけてるってこと?」

 「残念ながら、それはないのよね」




 ドキドキと動悸打つ心臓の音が、自分のものだと自覚があった。


 やだ…聞きたくない。


 でも、この子があたしの何を知ってると言うの?


 相反する声がグルグルと頭の中を駆け巡って、身動きが取れない。




 「苗字まで知らなかったけど、あのバタ臭い顔と『千聡』なんてアンマッチな和名、間違いないわ。あたしの元カレと同い年だったから、確かあたしや財前様より2,3才年上だもの」




 「ふぅん。蓉子の元カレって、確か●菱の3男だったわよね。暴走族だか暴力団に関わってるとかいう変わり種の」

 「ぷっ、まさか!単にバイク好きの走り屋っていうのだったかしら、ツーリングして楽しんでいる子たちのお仲間だっただけよ」




 蓉子…。


 よくある名前だ。


 けど、あの頃を知っている子だというのはなんとなくわかってきた。


 あたしたちは確かに暴走族とかそういうのとは一線を画していたし、一緒に走るのを楽しんでいるバイク好きの高校生にすぎなかった。


 それだって、ホンのごくたまに一緒するだけで、大抵は一人で、あるいはせいぜい二人で走るのが関の山。


 あの頃のあたしは、日々の鬱屈をバイクに乗って風を感じることで一時でも忘れることができていた。




 「ねね、で?その走り屋仲間の子の元カノってこと?あの女」

 「違うのよ、あの女もその走り屋仲間でね。私の元カレの……」




 なんだか気分が悪くなってきた。


 クスクス悪意交じりの笑い声がどこか遠い。


 このままここにいたら、やばいことになるという危険信号が頭に点滅しだす。


 …トイレで失神とか、マジ勘弁して。


 急いで身支度をして、トイレのドアのロックに手をかける。




 「…じゃあ、凄い熱々だったんじゃない。それなのに、どうして今は付き合ってないってわかるのよ?」




 ガチャガチャガチャッ。


 上手く、ロックが外れない。


 どうなってんのよ!この家はっ。


 これだけ立派なお邸にデパート並のトイレ作っていて、この立てつけの悪さは!?




 「ねえ、誰か、トイレに入ってたんじゃない?」

 「放っておきなさいよ。それより、財前様にお知らせしておいた方がいいことなんじゃない?他に付き合っている男性がいながら、財前様の婚約者顔してる厚かましい女だってこと」




 ガチャッ。


 開いた!




 「残念。そのカレ、2年前にバイクの事故で亡くなっているの。あの女に殺されたのよ」
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