Sweet Honey Baby
 けっこう見物だったと思う。


 このシチュエーション、実はあたしは初めてではなくって、高校時代何度か経験した状況だ。


 その時の相手の反応に比べたら、やっぱりこの子たちは『お嬢様』という人種なのか、驚いた顔をお互いに目くばせしあって、気まずそうにあたしの進路を開けた。


 手を洗いに洗面に立ったあたしの顔は、我ながらけっこう鬼気迫るものがあった。


 もう何年も前の話を、たかだか噂話されたくらいで意気地なしだなあって思うけど、指の先まで冷たくなってしまって、ガンガン耳鳴りすることから、貧血なのが自覚できた。


 いっそ、トイレに籠ったまま倒れちゃった方が良かったかと多少は思わないこともないけど、『トイレに詰まった財前様の婚約者』というのも新たな伝説を作ってしまうだろう。


 さっさと、この気まずい空間を退散しようと、タオルドライの機械があるにも関わらず、ハンドバックの中のあまり役にも立たなそうなレースのハンカチを取り出し、立ち去ろうと向きをかえた。




 「……、どいてくれませんか?」




 おいおい、もう立ち直ったのかよ。


 陰口を当の本人に聞かれていた、という恥ずべき瞬間を乗り越えたお嬢様の顔は、やっぱり庶民の女たちとそう変わりはなかった。


 意地悪げに見下した目で、あたしの正面を塞ぐ女の子は、改めて見直してみれば見覚えある気がした。


 …ああ、いたなこんな子。


 まさか、いいおうちのお嬢様だとは思わなかったけど、けっこう綺麗な子で、仲間たちがちやほやするもんだから、よけいにいい気になっていた。


 連れていた子も確かけっこうお坊ちゃんだって、あいつが言っていたと思う。


 そのお坊ちゃんはイイ子だったけど、このお嬢様は中々のタマで、カレシの同伴であたしたちと一緒にいたにも関わらず、そのカレシの目がないところでは浩介にコナかけていたことを思いだす。


 この子、そういえば当時中学生だったな、と思う。


 一也を見ても思うけど、今時の高校生ってなんて発育がいいの?…なんて、ちょっとおばさん臭かったか。




 「お久しぶり、千聡さん」

 「……こんにちは、蓉子ちゃん、かな?」




 名前まで憶えてなかったけど、他の子たちが呼んでたんだから、そうなんだろう。





 「浩介さん、あなたのせいで亡くなったのに、当のあなたはもう素敵な人を捕まえていて幸せそうでいいわね」
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