Sweet Honey Baby
 『いつまで、よそのお宅に世話になってるつもりだ』

 『ちょっと、お父さん!』




 お義父さんの横で、お義母さんが窘めている声が聞こえている。


 こうやって、永嶋の義父と電話で話すのも、3か月ぶりくらいか。


 あたしが、門倉のお邸に行くことを決意した時は、まだ義父は半身の麻痺で上手くしゃべれずにいた。


 そうでなくても、門倉の家がいまさら出てきたことに怒って、あたしの話を聞こうともしていなかった。


 最後に見た病院のベッドの上の義父の後姿は、あたしの実家のことも、あたしの決断も拒絶して振り向こうとしてくれなかった。


 …その後、退院してしばらくして、麻痺がだいぶ良くなった頃、一度だけ電話してくれた。


 でも、結局喧嘩別れで電話を切られてしまって、それ以来あたしの方からも電話をかけなかったし、たぶん義母も言い含められていたに違いない。


 うちでは今時の家としては逆行しているけど、あくまでも義父の意向が絶対で、義父がこうと言えばこうで、白も黒なくらいに義母やあたしは従うしかなかった。


 でも、義父は暴君っていうわけではなくって、むしろ義母とよりあたしとの距離は近かくって、こんな風に家を出る前は、かなり良好な関係を築けていたと思う。




 「…お義父さん、だいぶ口の麻痺、良くなったんだね」

 『ちーは元気なの?』




 どうやら義父から電話を取り上げたらしい、義母の涙ぐんだような声が聞こえる。


 その声に、あたしもちょっと気持ちが高ぶってきてしまって、声が湿ってしまわないようにするのが一苦労だった。


 ホームシック?


 そんなものだったのかもしれない。


 温かいばかりの家庭じゃなかったし、あたしたち家族の歴史の中には他の家と同じようにいいところも悪いところも普通にあって。


 それでも、こうやって声を聞いて話してみれば、あたしの家族なんだと思える。


 実母だと言われたけど全然そうは思えなかった母親やあたしを憎んでいた祖母との生活も、この他人しかいない財前のお邸にもやっぱり私の居場所なんか全然なかった。




 「元気…かな。平気。素敵な服も買ってもらえてるし、凄いご馳走の毎日だし、たくさん勉強させてもらえて、お嬢様も悪くないかな、なんて」

 『…千聡』




 まるであてつけてるみたいに思われちゃうかもって思わないでもなかった。


 でも、娘を身売りして窮地を脱したみたいに罪悪感をもたれるよりいい。


 これまで血縁でもないあたしを大事に育ててくれた親にこれくらいの恩返しをしたってバチは当たらないし、借金背負って苦労をするより楽な方法選んだのはあたしの方なんだもん。




 『あのね…ちー、実は今日電話したのはね』

 「うん?」




 再び、『貸せ』という声が聞こえて、電話口に出た義父が言い放つ。




 『お前が勝手に融資させた金は、耳揃えて突っ返してやったからな』

 「は?」

 『店も土地も全部売っぱらった。借金なんてもうビタ一文残ってねぇ。お前もそんな胸糞わりぃ家出て、さっさと家へ戻って来い』
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