Sweet Honey Baby



 「…は?」




 そんなに驚くようなことを言っただろうか。


 目を大きく見開き、ポカッと口まで開けて驚いている。




 「俺が他の女と寝てもいいの?」

 「別にいいけど、病気は勘弁。結婚…ってことだから、子供も産まないとダメなのかなあって思ってたけど、そういうわけじゃないなら、あたしとのセックスもコンドームして?それとも、別にそういうことしなくてもかまわないのかな?」




 大真面目に聞いたのに、信じられないような顔であたしを見て、ベッドの上に体を起こして、考え込んでしまっている。


 何をそんなに悩むことがあるんだろうか?


 セックスしたいのなら、コンドーム。


 これって基本じゃない?


 昔いろいろ荒れていた時に、他の女の子で病気に感染したって子もいたけど、あれってホント悲惨なんだから。


 いくら自暴自棄になってたって、怖くてあたしには避妊具なしのセックスなんて問題外だった。


 …まあ、出だしが乱暴だったわりに、ちゃんとこの男もコンドームつけてたから、そこはちゃんと認識してるのかな?


 自分だって、そんな病気にかかりたくないでしょうしねぇ。




 「…それって、公認でお互いに浮気しようってことなのか?」




 やっと出てきた言葉は、それこそ意外なもので。




 「へ?それってありなわけ?」




 聞いただけなのに、すごい目で睨まれた。 


 こ、怖い。 


 なまじ美形が怒ると、怖すぎるッ。




 「…聞いただけじゃない。あんたも浮気するなら、あたしも…っていうのがまあ、本来フェアだと思うけど。あたしにその気はないから安心して?あ、もしかして世間体とか気にしてる?」

 「…いや」

 「あたし、もうさんざんセックスとかやりつくしたから、もうそういう欲望あんまりないんだわ」 

 「……マジかよ」

 「まあ、生理的な欲求とかあるのは否定しないけど、案外あたしって淡白な方みたいで、なければないで別にいいって言うか。まあ、正直、あんたと寝るのはけっこう気持ち良かったから別に嫌だとは思わなかったけど。あんたがその気にならないなら、別になくてもいいし?」




 これは本当だ。


 一時期の狂乱はやけくそっていうか、もうホント、なんでもいいから辛いことを忘れたかっただけで、それがなければ…っていうのはなかった。


 元々、大好きな彼氏とのセックスだって、彼が求めてくれるのが嬉しいっていうのが一番で、快楽自体は二の次だった。


 温もりが好きなんだよね。


 男が女の胸が好きだっていうのとちょっと違うかもしれないけど、広い素肌の胸に抱きしめられるのがすごい好き。


 でも一番好きだった場所にもう二度とは戻れないから、後はもうどうでもいいって言うか。


 あたしの本意を探るような目がジッとあたしの目を見つめ、大きな手がそっと伸ばされ、あたしの頭を撫でた。




 「…俺もけっこう気持ちよかった」

 「そう?」




 なんだか、ちょっと嬉しいかも。


 どうせ、寝るなら気持ち良くないより良い方がいいし、良くなかったと言われるより良かったと言われた方がいい。




 「コンドームなしのセックスは俺も考えられねぇから、問題ない。…お前の方は大丈夫なのかよ、病気」

 「…そこは大丈夫。ここのところご無沙汰してるし、検査はしてたから。もちろん、あたしも生でしたことなんてないもん」

 「ふぅん…なら、ま、問題ないか。とりあえず、お前とは体の相性も良さそうだし、しばらくお前で我慢してやるよ。一応婚約者だもんな」




 …いや、我慢してまでどうこうしてくれなくっても、別にいいんだけど。


 ニヤニヤ笑う目が楽しそうで、まあ、本当に結婚するなら対立するより、ある程度友好的な方がいいに決まってる。


 たとえ愛情が互いになかったって、そこはね。




 「そう…別にいいけど」




 それでとりあえず、話は終了。


 他に特に話すようなこともないもんね、あたしたちの間には。




 「…あ、やば、そろそろ午後からの授業の時間だ」

 「授業?」

 「そう、お花にお茶に…って、あたたた」




 目に走った痛みに、涙がガーガー流れる。


 痛い、痛い、痛い!


 埃入ったな、こりゃ。


 こんな塵一つなく掃除されてるお邸でも、埃はあるという証明なのか。




 「どれ、見せてみろよ?」




 怪訝な顔の男…一也が、あたしの目を覗き込もうと近づいてくる。
 



 「い、いい。ちょっと、コンタクト外して来るから、そこどいて?」

 「あ、ああ」




 シーツを体に巻き付け、目を抑えながら、一也をよけて、洗面室へと殺到する。


 とにもかくにも、よけいな異物をまず排除しないことには、この痛みはどうしようもない。


 あ~あ、つい門倉のお邸にいる習慣で、コンタクトしたのがまずかったかな。


 門倉のお邸なんて半月もいなかったのに…あのばあさまの強烈なキャラクターがあたしの脳裏に焼き付いて、否が応でも習慣化しちゃったんだな。


 一部屋に必ずトイレと浴室が付いてるなんて、ここはホテルかって言いたくなる。


 急いで水道の水を流しながら、目の中から小さなレンズを外しだす。




 「…いたたたた」




 鏡の中のあたしの白目は真っ赤に充血していて、黒目のところまで血走っていた。 


 黒目っていうか、青目っていうのかな、これって。




 「おい、大丈夫かよ」




 鏡の向こう、真っ裸な男が、恥ずかしげもなく全身を晒し、あたしを見ていた。




 「…お前、その目」









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