躊躇いと戸惑いの中で
独り身の強さ
独り身の強さ
お茶の間でゴールデンタイムと呼ばれる時間を過ぎた頃の本部は、静かなものだった。
こんな時間に家族のことを気にすることもなく働けるのは、独り身の強さだろう。
これが既に家族もち。
まして、子供もいるとなったら、家のことが気にならないはずがない。
家事と育児に追われながら、仕事との掛け持ちをしている女性は本当に尊敬する。
そんな私は、気楽な独り身。
残業をすれば疲れはたまるし、睡眠時間を削れば、化粧ののりも悪くなる年齢。
だけど、終電を逃しても迷わずタクシーを使えるのは独り身だからだ。
好きなものを好きなだけ食べて、お酒に酔って帰っても、誰に咎められることもない。
もし私に家族がいたら、節約のためにきっと意地でも終電までには帰っていただろうし。
子供が待ってるとなれば、お酒を飲んで帰る、なんていう発想さえなかっただろう。
夜遅くに灯るフロアの明かりは、まるでピンスポットのように私のいる席の辺りだけを照らしている。
こんな場所で主役になりたいわけでもないけれど、誰も助けてはくれないのだからやるしかない。
新店オープンのための準備を独り黙々とやり、PC画面に張り付いていると徐にドアが開いた。
「あれ。まだ居たんだ」
少し驚いたような顔をしているけれど、こんな時に私が帰るとは思っていなかったことが、両手に一本ずつ持っている缶コーヒーで丸わかりだ。
席に近づいてくるとPC画面を少しだけ覗き込んだあとに、手に持っていた缶コーヒーを一本だけ机に置いた。
「ありがと」
どういたしまして、というように、少し肩を竦めたのは、エリアマネージャーをやっている同僚の河野眞人だ。
「そっちの準備は、どうなのよ」
貰った缶コーヒーを開けて飲んでいると、いつも通り。と落ち着いた様子。
「とにかく。社長の機嫌を損ねないよう、手際よくやってるよ」
新店オープンを彼が手がけるのは、これで何店舗目になるだろう。
多分、十店舗はくだらないはず。
無駄に数をこなしていないだけあって、余裕が窺える。
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