躊躇いと戸惑いの中で
「お腹、空かない? 何かもう少したのもっか」
何とか話題を変えようと、テーブルの上に並んでいる僅かなおつまみメニューではお腹は膨らまないと、端に置いてあるメニューに手を伸ばしてひろげる。
「何がいい? お肉とかサラダとか? あ、別にご飯物でもいいのよ。炭水化物バンザーイってね」
クダラナイことを言っているのは重々承知だ。
だけど、動揺していると、口からどうでもいいようなことがどんどん出てきてしまう。
動揺?
そう、私は動揺している。
彼の若さから来る甘いストレート攻撃に。
「ビールのお代わりは? それとも別の物に変える? 焼酎もあるし、ハイボールとか?」
ペラペラとしゃべって乾君を見ると、彼の口は真一文字に閉じたまま、じっと私のことを見ていた。
うっ。
何か言ってよ……。
若いんだからもっとはしゃげばいいのに。
何で、三十を過ぎた私がこんなにペラペラおしゃべりしてんのよ。
余裕の余の字もないじゃない。
ああ、もうダメ。
何を動揺することがあるのよ。
こんな公共の場で、何が起こるわけもないじゃない。
落ち着かなくちゃ。
一旦下を向いて呼吸を整える。
乾君の、甘いのに冷静な態度にどう接していいのか解らずに慌てふためく自分を抑えつけ、見ていたメニューを広げたまま彼に差し出した。
「好きなもの頼んで」
余裕の笑顔にのしをつけて彼を見ると、更に余裕の笑顔を返される。
な、何、この子!?
もう、ヤダヤダ自分。
しっかりしなさいよ。
何を振り回されることがあるの。
仕事と一緒よ。
感情なんて二の次。
やるべきことを真っ直ぐ進めればいいじゃない。
ん?
やるべきことって何よ……。
ああ、ダメだ。
結局、わけわからないしっ。
内心の動揺を絶対表情には出すまいと必死に取り繕っていたら、乾君が店員さんを呼んだ。
そうして現れた第三者の登場に、ほっと息をつく。
乾君は、いくつかの料理を注文し、ビールも追加で頼んだ。
「碓氷さんは、ビールどうしますか?」
グラスにはまだ半分ほど残っていたけれど、これはお酒の力でも借りないと、乾君とはまともに向き合えない気がした。
「じゃあ、ボトルでワインの赤」
笑顔で注文する私を、乾君が笑ってみていた。