躊躇いと戸惑いの中で
葛藤
葛藤
深夜をとうに過ぎた頃、タクシーはようやく自宅マンション前にたどり着いた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
支払いをしようと財布を取り出していたら、またも乾君が支払ってしまった。
それは、さすがに。と止めようとしたら、彼はさっさとタクシーを降りてしまう。
え……。
ちょっと待って。
数枚のお金を握り締め、追いかけるようにして彼に続いて私も降りる。
「はい。これ」
タクシー代を急いで手渡そうとしたけれど、彼はかたくなに受け取ろうとしない。
「居酒屋も出してもらったのに、タクシー代まで。ダメだよ」
早くしないと、運転手さんも待ってるし。
そう思っていたら、彼が車内にいる運転手に向かって告げる。
「行ってください」
え?
驚いた私に構うことなく、タクシーはすべらかに走り去り、すぐそばでは乾君が私を見ている。
「乗らなくてよかったの?」
訊ねる顔が少し引き攣っている気がする。
タクシーに乗らないってことは、そういうことよね?
しかも、うちのマンション前。
こんな深夜に男と女だもの、それ以外ないでしょ。
誰に言っているのか、自分に言っているのか。
内心の問いかけに、鼓動が早まる。