躊躇いと戸惑いの中で
「適当に座って」
バッグをダイニングの椅子に置き、私はキッチンへ向かう。
リビングでは、乾君がソファに腰を下ろすところだった。
「コーヒーでいい? 紅茶もあるけど」
「コーヒーで」
振り返る彼が、ジャケットを脱いで応える。
電機ケトルに水を入れて、スイッチを入れる。
コーヒーには少しだけうるさくて、私にはお気に入りの粉があった。
酸味があるのは、好きじゃない。
「うちのコーヒー、濃くて苦いけど」
コーヒーの入った缶を掲げて見せると、笑顔が返ってきた。
ドリッパーやフィルターを用意して、粉を入れる。
本当は口の細い薬缶がいいのだけれど、とても気に入って長年使い込んでいた物が、つい先日壊れてしまっていた。
取っ手が取れてしまったんだ。
あれは、本当にショックだった。
余りのショックに、しばらく時間が止まったくらいだ。
まだ新しい物を買っていないので、今日は残念だけれど電機ケトルで我慢我慢。
ゆっくりとお湯を注いでいくと、コーヒーの香りが立ち上る。
「いい匂いですね」
香りにつられたのか、乾君がキッチンの方へやってきた。
「今飛び切りのを淹れるから、待っててね」
コレクションというわけではないけれど、いくつか買ってあるコーヒーカップを用意する。
白地に青の花柄。
金彩が施されていて、気品と豪華さがいつ見ても素敵。
これは、一目惚れして買ったのよねぇ。