躊躇いと戸惑いの中で


鼻歌交じりにコーヒーの準備をしていると、対面キッチンの向こう側では、乾君が目を細めて私の作業を見つめていた。

「楽しそうですね」
「私ね、こうやって誰かにコーヒーを振舞うの、好きなのよね。だから、カップもほら」

私はさっき食器棚から出したカップを、乾君に見えるように少し持ち上げた。

「そんな高そうなのに入れられたら、恐くて飲めませんよ」

カップを見て乾君が少しだけ驚いた顔をする。

ふふ。
実は、そういう顔が見たかったりして。

君の冷静さが高級カップにも動じないのかな、なんて少し思っていたから、私としてはしてやったりよ。
益々鼻歌が出ちゃう。

用意したコーヒーをソファの前のテーブルへ運ぶ。
同じカップで私も頂く。

「本格的で、なんか緊張しちゃうな」
「遠慮なく、どうぞ」

わざとらしく笑いながら首をかしげて薦めると、面白そうに乾君が笑う。
こういうところは、やっぱり若いなって思うよね。

「いつもこういうカップで飲んでるんですか?」

淹れたコーヒーを美味しいと言って飲んでくれたあと、そおっと優しくカップをテーブルへ戻して訊ねる。
慎重に戻す姿は、やっぱり面白い。
ううん。可愛いってところかしら。

「いつもは、マグカップだよ。今日は、素敵なお客様のご来店なので、私のお気に入りのカップを用意させていただきました」

恭しく言うと、ケタケタと声を上げる。

「けどね。時々、自分にもこのカップで淹れるときがあるんだ」
「どんな時ですか?」

どんな時……。

「そうねぇ。仕事がつらい時や、自分に自信が持てない時かな……」
「碓氷さんでも、そういうことがあるんですね」
「ちょっとお。私は鋼鉄の女じゃないんだけど」


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