躊躇いと戸惑いの中で
抗議しながらも可笑しくてクスクスと笑いを床にこぼしていると、不意に影がかぶった。
「知ってます」
すぐそばで聞こえた声に顔を上げると、乾君が床にぺたりと座り込んでいた私のすぐそばにいた。
いつの間にソファから離れたのか、気を赦しすぎていて気がつきもしなかった。
「碓氷さん」
囁くような声が、吐息のように私へ届く。
細いのに大きくてしっかりとした手が、私の頬に触れる。
「手、あったかいね」
頬に触れた手は、心地いいほどの温度で私に温かさを伝える。
「コーヒーのおかげかな」
「美味しかった?」
至近距離で訊ねる私に、一度目を伏せ頷く。
それから少しだけ首を傾け、静かに唇が重なった。
深夜の静けさの中に響く、二人の唇が重なる音。
ひとつ、ふたつ。
角度を変えて、みっつ、よっつ。
乾君とのキスは、これで三度目だ。
三度目の今日も、私は少しも嫌な気がしない。
想われているからかな。
好きっていう気持ちが、たくさん流れ込んでくる。
「碓氷さんからするコーヒーの味も、美味しいです」
僅かに唇を離して呟いたあとには、またすぐに重なって、入り込んできた舌先が、飲んだコーヒーの味を全てさらっていくようだった。
私の中のコーヒーを味わい尽くしたのか、彼の唇が首筋に降りていく。
音を立てて吸い付くと、彼の左手は私の右手を捉まえる。
残った右手で腰を支えられ床にゆっくりと倒されると、私の頭の上でつながる手が温かくて放したくないって思った。
ああ、私。
彼のことを好きになっている。
こんなに甘いキスをされて、虜になってしまったのかも。
年下なんて思わせないほど強引でストレートな態度が、自分の年齢を忘れさせてくれるようで、安心して身を任せることができていた。
たくさん降りてくるキスと共に、手際よく脱がされていく衣服。
私の柔らかな部分を躊躇うことなく触れてくる、ゴツゴツとしていて温かな指。
受け入れることが幸せで、抱きしめられことが幸せだった。
その幸せを返すように、私も彼を抱きしめた。
スーツに隠れていた体は思いのほか鍛えられていて、ただ細いだけじゃなく、それなりの筋肉もついている。
「碓氷さんの中、あったかい」
ゆっくりと入ってきた彼は、耳元でそう囁く。
汗を滲ませて私の中を行き来する彼が、とても愛おしい存在に思えた。
その瞬間には、何もかもが瑣末なことに思えて、ただ身を任せ彼の温もりの中漂った。