躊躇いと戸惑いの中で
移動したベッドの中、二人でタオルケットに包まっていた。
私は、リビングのテーブルに置かれたままになっている飲みかけのコーヒーが気になりつつも、近くに感じる鼓動を大切に思っていた。
「眠れない?」
いつもなら、ですか? なんて語尾には丁寧さがくっついていたのに、温もりを確かめあった彼からはそれがなくなっている。
それが嬉しいような、くすぐったいような。
なんとも言いがたい感覚だった。
明日会社では、どんな風になっているんだろう。
です。ます。は、もうなくなってる?
真面目な乾君のことだから、会社ではちゃんとしてそうよね。
「どうしたの?」
胸に顔を埋めて浮ぶ笑みを隠していると、乾君が顔を覗き込んできた。
「なんでもない」
こんな風に人の温もりを感じて幸せな笑みを浮かべている自分が、なんだか不思議だった。
ずっと、仕事だけに追われていて、こんな風なこと考えもしなかった。
結婚、結婚なんて思っていても、実際行動に移す気なんて、初めからなかったのかもしれない。
そんな建前のような結婚願望だからか、こんな風になってしまったからといって彼に迫る気はなくなっていた。
親を安心させたい気持ちはあるし、子供ははやく産んだほうがいいのは解っている。
だけど、この温もりを手放したくない。
もしも私が結婚を彼に対して強要することになれば、今あるこの幸せが壊れてしまう気がしてならなかった。
僅かな焦りが心の中でくすぶっていても、私はそれから目を逸らす。
少しだけ。
少しの間だけでいいから、恋愛を楽しんでもいいよね?
もう少しだけ、先を考えないこの恋を楽しみたい。
それでも、頭の中に浮ぶ一人の人物に後ろめたさを感じてしまうのは事実。
なんて、言おう……。
怒られるかな……。
ううん。
きっと怒ったりはしない。
だけど、物凄く悲しい顔をするのが解って、私はこの手放せないと感じている温もりの中で、河野の寂しげな瞳を想像し、ぎゅっと固く目を閉じた。