躊躇いと戸惑いの中で
いつもの時間に鳴り出したアラームに叩き起こされ、もぞもぞとベッドからはい出る。
彼の気配がない寝室でぼんやりしていると、なんだかさっきまでのことが夢か幻みたいに感じてしまう。
けれど、リビングに行き、二つ置かれたままのカップを見て、自然と頬が緩んでいった。
「カップ、沁みになっちゃうな」
嬉しさを誰に隠しているのか、そんな呟きを漏らしてみた。
残ったコーヒーのラインが染み付いてしまったカップを手にして、シンクへさげて汚れを綺麗に洗い落とした。
その後自分もシャワーを浴び、出社する。
浮かれたままの気持ちが顔に出ないように、会社の玄関を潜る時には顔も心も引き締めた。
それがかえってよくなかったのか、丁度出くわした河野がマジマジと私の顔を覗き込んできたんだ。
「眉間の皺、スゲーぞ」
「えっ?」
朝の挨拶もそこそこに、そんなことをいわれて思わず動揺してしまった。
いや、その言葉のせいだけじゃない。
会った相手にもよるんだ。
何も、よりによって朝いちで会わなくてもいいのに。
「はよ」
眉間に手をやりながら控えめな挨拶をすると、何か言いたげな顔で河野がまだ私を見ている。
「なに……?」
うまく視線を合わせられないまま訊ねる私を、河野が少しだけ困ったような顔で見ている。
「……いや。なんでもない。あ、そうだ。今日、新店の様子見に行くんだけど、碓氷も行くか?」
そういえば、オープンしてから直接店舗の様子を見に行っていなかった。
いくら郊外店で遠いとはいえ、これはマズイ。
社長に何か訊かれても応えられないんじゃ、話にならない。
「うん。行く。車でしょ?」
「ああ。じゃあ、昼飯食ったらすぐに行くからな」
「了解」