躊躇いと戸惑いの中で
「コーヒー、飲む?」
カップに手を伸ばしながら訊ねると、一つ頷いた。
二人分のコーヒーを淹れていると、乾君が後ろから覆いかぶさるように抱きついてくる。
「ここ会社だよ」
熱湯を零しそうになってやんわり咎めると、耳元に囁きかけてくる。
「さほ」
下の名前を囁かれて、キュンと心臓が反応した。
この時間からのそれは、反則だよ。
そう思っても、嬉しさと愛しさが湧き上がり、ついでに照れくささも混じって顔が熱くなる。
「二人の時は、そう呼んでもいいですか?」
いまだ抱きしめたまま耳元での会話をやめず、彼が訊いてくる。
それにコクリと頷くと、抱きしめる力が少し増した。
「誰か来たら大変だよ」
嬉しいけれど、この状況にアトラクション的な焦りも滲んできた。
こんなところを田山さんに目撃されたら、タブロイド誌に載るより最悪なことが起こる気がする。
抱きしめられている腕の中でクルリと向きを変えて彼を見ると、子供みたいに少しだけ拗ねた顔をしている。
可愛いかもしれない。
クスッと笑っていたら、そっと唇を奪われた。
それに驚いて、目が開く。
「少しだけ」
その言葉に、小さく首を振り僅かな抵抗をして見せたのだけれどあえなく撃沈。
顎に手を置かれ唇が触れる。
「誰か来る前に」
唇を離した乾君は、そういってイタズラに笑った。