躊躇いと戸惑いの中で
田山さんの姿が消えてほっとしていると、少しして、慌しい雰囲気を纏った河野がやってきた。
「碓氷。悪い」
開口一番謝って、息を整えている。
「新店、昼からって言ってたけど。今から出ることになった。用意してくれ」
「えっ!? ちょっと待ってよ。私まだ、仕事――――」
私の言葉を遮るように河野が急かす。
「社長が新店に来るらしいんだ。その前に、向こうへ行っていないとならない」
えっ!?
田山さんへ言ったことが、丸々自分に返ってきた。
これ、因果応報?
なんにしろ、社長よりも先に行って、店内の状況を把握しておく必要がある。
「わかった。直ぐに用意する」
書類とノートブックをバッグへ捻じ込み、河野と急いで駐車場へ走る。
玄関へ向かっているときに、廊下の向こう側を歩いている乾君に気がついたけれど、その距離は少し遠く、ちょっと声をかけるという距離じゃない。
しかも急いでいるこの状況で、河野を待たせるわけにもいかない。
ランチ、約束したのに……。
河野と出かけるというだけで躊躇いの表情を見せていた彼に、ランチをキャンセルなんて、きっといい気がしないに決まっている。
けど、仕事が優先だ。
乾君とのランチは楽しみだったけれど、私情を挟んでいる場合じゃない。
それでも、ランチに行けなくなった事はちゃんと伝えなくちゃ。
知らず、胃の辺りがずんと重くなる。