躊躇いと戸惑いの中で
「どうした?」
お腹に右手を当てながら急いでいたら、河野がそんな私に気がつき訊ねる。
慌てて手を放し、首を横に振った。
「なんでもない」
玄関先に回されていた社用車。
河野が運転席に回りこむのを見ながら、自分も助手席のドアに手をかけ乗り込んだ。
シートベルトに手をかけてカチリと音がしたのを合図に車が動き出す。
ウインカーの音を聞きながら、ふと玄関先に目を向けると、乾君が廊下からこちらを見ていた。
あっ……、という声が胸中で漏れる。
お願いだから、勘違いしないで。
キリキリする胃の辺りに手を添えながら、心は不安になっていく。
「大丈夫か?」
信号で車が止まると、心配そうに河野が訊ねてくる。
はは。なんて引き攣り笑いしか出ない私のおでこに河野が手を伸ばしてきた。
「熱はないみたいだな。腹が痛いのか? 何なら病院の近くでおろしてもいいぞ。新店には俺だけで行くし。社長にもうまいこと言っておくから、碓氷は無理するな」
気遣う河野の気持ちはありがたいけれど、益々胃がきしむ。
「ごめん。平気だから」
そう言ったところで携帯の呼び出し音が鳴り思わず息を呑む。
見ると、乾君からだった。
隣にいる河野のことが気になったけれど、とにかく携帯を耳に当てた。
いいわけでも何でも、彼にちゃんと説明しなくちゃ。
なるべく気分の悪い思いはさせたくない。
「もしもし」
【 新店へ行くの、早まったんですか? 】
なんて、勘がいい。
ひと言も説明しないうちに、乾君は全て理解しているとでも言うように冷静ないい方をする。
しかも、電話口の彼からは、怒ったり拗ねたりしている雰囲気は少しも感じられない。
そんな彼の様子に、ほっとするよりも罪悪感が増していった。
こんな風にサラリとした態度で話しているけれど、きっといい気はしていないと思う。
私が乾君の立場なら、約束したのに。なんて拗ねるぐらいはするだろう。
そう考えると、胃にかかる重みが増していった。