躊躇いと戸惑いの中で
「ごめんね。社長が新店に向かってるらしくって」
多くを説明せずにそれだけ言ったのに、やっぱり彼からは解りました。という簡潔な言葉が聞こえてくるだけだった。
その上。
【 頑張ってください 】
なんてことまで言われて、どっちが年上なのか、感覚が狂っていく感じがする。
しかも、それだけ言うと、乾君からの通話はプツリと呆気なく切れてしまったんだ。
余りに完結で呆気ない会話の終了に、もしやかなり怒ってる? と逆に物凄く不安になってきた。
切れた電話を眺めて、思わず溜息をもらすと隣からの視線に気がついた。
「今、俺の存在。完璧に忘れてただろ?」
皮肉めいた言い方をしたあとに、可笑しそうに笑う河野。
「えっとぉ……」
乾君への申し訳なさにいっぱいいっぱいになりすぎていたから返す言葉もない。
「言ったろ。碓氷は、わかりやすいんだよ」
肩を竦める私へ、河野が訊く。
「体調不良の原因は、乾か?」
ダイレクトな問いかけに躊躇っていると、隠す必要はないだろう、とまた笑う。
「碓氷が誰のことを考えているのかくらい、俺には解る。だから、プロポーズをした俺としては寧ろ隠されるほうが、胸が痛い」
後半の言葉に、今度は心臓がきゅっとなる。
「ごめん」
「いや。俺も、少し意地の悪い言い方をした。気にしないでくれ」
私が小さく頷くと、そのあと河野は直ぐに仕事の話に切り替えた。
ズルズルと引き摺らないのは、仕事ができる証拠だ。
そんな彼の能力の高さに、今は感謝しかない。
ここで、河野に色々詮索されても、ちゃんと応えられる気もしないし。
かと言って、愚痴をこぼすような空気の読めない態度なんてできるはずもない。
仕事に気持ちを切り替えた河野について行くように、私も何とか気持ちを切り替えた。