躊躇いと戸惑いの中で


「アイツと結婚すること、考えてるのか?」
「それは、無理だと思ってる」

「まー、あの年で身を固めろっていうのは、酷な話だよな。俺があのくらいの頃は、もっと遊んでたしな」
「遊んでたの?!」

「そこにポイントを置くな」

自分で言っておきながら、その部分をスルーする。
思わず恨めしいような表情で上目遣いになってしまう。

「結婚を前提にするのは、彼を縛り付けるみたいで気が進まないのは事実。それに……」
「それに?」

「本当によく解らなくなってきたの。自分が結婚にこだわってきたことが、なんだか幻みたいで」
「なんだよ、それ」

「だよね。なんていうか、押し迫る年齢に焦っていただけなような。だけど、子供は欲しいし、親も安心させたいとも思うの。でも、そういう理由が=結婚としていいのかどうか」

説明している自分でもよく解らない言葉を、当事者じゃない河野が理解できるわけもなく。
椅子の背もたれに寄りかかった河野の口が、への字になる。

「俺のは、幻じゃねーぞ」
「河野……」

「碓氷はさ、乾に想われることが新鮮で、単に結婚を考えないようにしているだけなんじゃないのか? 相手が若すぎるから、幻なんて言葉で片付けようとしているだけにしか思えないね」

河野はコーヒーカップを奥へと押しやり、吸ってもいいか? というように煙草を見せる。
私が頷くと、カチリとライターを鳴らし、灰皿を引き寄せた。

「俺が言うと穿った感じになるかもしれないけど。乾みたいな若い奴が俺らみたいな年の奴を相手にしてくれていることだけで、お前は満足しようとしてるんだよ。俺だって、乾と同じ年齢の女の子に言い寄られたら、ほいほいついて行くかもしんないしな」
「ほいほい着いて行くんだ?」

皮肉って言うと、そこの部分はまた都合よくスルーされた。

「俺がプロポーズしたのは、真剣な気持ちだ」
「わかってる」

「脅迫するつもりはないけど、子供産むならそろそろ考えないといけない年頃なんだろ? 俺は女じゃねーから、そこんところなんとも判らないが」

河野のいいたい事はよく解る。
恋愛するだけに、浮かれていられる年齢じゃない。
子供だって、早く生むに越したことはない。
だけど、この気持ちを振り切って、結婚に目を向けることを今は考えられないんだ。


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