躊躇いと戸惑いの中で
「まー、今までものんびりやってきたから、俺は待ってるつもりでいるけどな」
「河野……」
「あ、気にするなよ。待つのは、俺の勝手だからな。いっちゃーなんだが、アイツがお前にいい影響を与えられるようには、思えないんだ」
「どうして?」
「若さだよ。自分もそうだったから、よく解る」
河野の言いたい事は、なんとなくだけど解る気がした。
先走る感情を抑えられずに突き進むエネルギーは、時として裏目に出る。
冷静な判断を下せなくなったとき、どうなってしまうんだろう。
けど、乾君が冷静でなくなる姿は、想像できない。
「あんまり浮かれすぎて周りが見えなくなるようじゃあ、黙ってられないからな」
「浮かれすぎって」
「お前のことじゃないぞ。乾のことだ。恋愛に没頭しすぎると、公私混同するのが若さだ」
「それは、ないと思うけど」
さっきの電話だって、とても冷静だったし。
どちらかといえば、年下に想われて浮かれポンチになるのは私のほうじゃないだろうか。
「碓氷は大丈夫だよ。お前には、今まで積み重ねてきた物と、責任感がある」
あんまり真面目に褒められて、目が点になる。
河野に、仕事の姿勢を褒められたことなんか滅多にないからだ。
いつもくだらないことばかり言われて、突っ込みあいにしかならない相手に褒められると、なんだか照れくさい。
「俺としては、いつでも指輪買う準備はできてるから。気が向いたら言ってくれ」
「なんか、飲みの誘いみたいに軽く聞こえるんだけど」
いつもの調子で言い返したら、ケラケラ笑われた。
「そのくらいの方が、気が楽だろ?」
その言葉にはっとする。
気を遣われている事にも気がつかない、馬鹿な自分が情けない。
「ありがとね」
「長い付き合いだしな。取りあえず、飲みに行くのだけは、いつもどおりに願いたいんだが。中間管理職の愚痴を言える相手は、なかなかいないからな。いいか?」
「もちろん」
私は、大きく頷いた。