躊躇いと戸惑いの中で
焼きもち
焼きもち
ランチを済ませて新店から戻った時には、既に就業時間となっていた。
途中、既存店に寄り道をしたのもあるけれど、一日があっという間に過ぎていく。
「残業してくのか?」
二人でフロアに戻る廊下を歩きながら話していると、向こう側から田山さんが近づいてきた。
給湯室に設置されている自販機に用があるみたいで、財布を片手に持っていた。
「お疲れ様です」
私たちに気がつき、近づきながら挨拶をしてきた田山さんの顔が、なんとなくニヤついている気がするのは、きっと気のせいじゃないと思う。
「相変わらず、仲がいいですね」
げんなりするような含み笑いをしている。
「まーね。田山さんは、まだ帰らないんですか?」
他意のありそうな言い方に少しも気がつかない河野が、普通に会話を始めてしまった。
「ええ。色々気になることがあるので、もう少し」
私は余計な詮索をされる気がして、先に行ってるから。とフロアへ向かう。
田山さんの、あの言い方に顔。
絶対に何か勘ぐってるよ。
溜息交じりにフロアへ戻ると、残っている社員はほぼ居なくて静かなものだった。
「新店も終わったしね。そりゃあ、みんな定時に上がるか」
独り言を呟き、椅子に腰掛けたところで携帯が震えだした。
見ると、乾君からだった。
【 ランチの替わりに、夜ご飯に付き合ってください 】
短い一文に、昼間申し訳なく思った感情よりも先に、嬉しさに頬が緩む。
「了解」
声に出して返信ボタンを押し、嬉しさにいそいそと帰り支度をする。
未処理の書類を整えてバッグの中に捻じ込み、ノートブックも入れた。
家で片付けよう。
誰にともなくいいわけめいたことを呟いて、会社を後にした。