躊躇いと戸惑いの中で


機嫌の直った乾君は、とってもお腹が空いていたようで、お酒を飲むというよりも、ガッツリ食べるという感じで料理の注文をした。

「よく食べるね」

細いのに豪快な食べっぷりが、気持ちいいくらいだ。

「お昼一人だったから、あんまり食欲が沸かなかったんです」

あ……、さり気なく嫌味言われてる?

引き攣りそうな頬を抑えていると、乾君が顔を上げて困ったような表情。

「すみません。あの、今のは無しで」

言ってしまってから後悔したのかな?

「何が?」

あえてとぼけて見せたら、ほっとしたように笑みを作る。

私はといえば、ドリンクメニューを念入りに眺めて、おいしそうなワインをボトルで入れた。
グラスを二人分貰い、深紅の液体が注がれる心地いい音に耳を傾ける。

「嬉しそうだね」

トクトクトクと鳴る音を聴きながら、乾君が注いでくれたグラスを手にすると、いつの間にか、です。ます。のなくなった彼が私を見つめていた。

「うん。だって、美味しそうだよ」

グラスを少し持ち上げて笑いかけると、唯一私が選んだチーズと生ハムの盛り合わせが運ばれてきた。

置かれた料理に目を細め、ワインを一口。
それから、チーズを一口食べて、またワイン。

ああ、幸せ。
この瞬間は、本当に天国だよ。

「ワイン、美味しいよ。このチーズに合う。食べてみて」

お肉料理に箸を伸ばしていた乾君へ、ちょっと強引に薦めると、しょうがないな、なんて嬉しそうな顔をしてチーズをつまみワインを口にした。

「うん。確かにうまい」
「でしょー」

得意げにあごを突き出すと、ケタケタ笑われた。

「なぁに?」
「沙穂のそういう子供みたいなところ、好き」

うん、来た、ストレート。

きゅんと反応した音が照れくさくって、ありがと。なんて平気なふりで応えてみる。


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