躊躇いと戸惑いの中で


「さっきのスタッフのことなんですけど。梶原さんをとても慕っていたスタッフなんで、ちょっとやりにくいって言うか」

さっきのアルバイトスタッフは、もうかなり長くここで働いてくれている子だった。
梶原君の一番弟子とか言われていたこともあって、仕事はできるけど気難しい子なんだよね。
梶原君のストイックさと的確な指示の出し方に慣れていると、乾君みたいに入りたての若い上司の下についているのはもどかしいのかもしれない。

「私から話そうか?」
「いえ。……もしかしたらそのスタッフ、近々辞めるかもしれません」
「そう。もうそこまで話が進んでいるの。けど、あの子の戦力は貴重だと思うよ。河野に頼んでみようか?」

スタッフとのことなら、いくつもの店舗を纏めてきた河野がうまくやってくれるはず。

けど、私が河野の名前を出すと、聡太の表情があからさまに渋くなった。

「河野さんには、頼みたくないです」

頼みたくないなんて。
仕事上、信頼できる相手に任せるほうがいいと思うけど、聡太にしてみたら一番頼りたくない相手なんだろうな。

これって、私のせいだよね。

「聞いてもらったのに、すみません。もう少し、話し合ってみます」

聡太はぺこりと私に頭を下げると、缶コーヒーを飲み干してそばに設置されているゴミ箱に空になった缶を捨てる。
その音がやけに大きく響いて、なんとなく突き放されたような気持ちになった。

「じゃあ、僕、行きます」
「うん。頑張ってね」

かけた声に、彼は振り向きもせずにいってしまった。

社内とはいえ、二人だけなのだから、少しくらい甘えさせてあげればよかっただろうか。

僅かに葛藤はしたものの、間違っていないと自分に言い聞かせた。

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