躊躇いと戸惑いの中で
私の顔に、焦りが出ていたのかもしれない。
河野が息をつき、眉間にしわを寄せた。
「……公私混同だな」
「え?」
ぼそりと何か呟いたようだけれど、よく聞き取れなくて訊き返したら、なんでもないと言ってすんなり通りを空けて行ってしまった。
なんだろう? と僅かに思いつつも、一緒に行くなんていわれても困るし、色々しつこく問い質されなくてほっとした。
河野と別れ、急いでPOPフロアに足を踏み入れる。
揉め事が起きているんじゃないかと焦りに飛び入ったのだけれど、中は静かなものだった。
「お疲れ様です」
私が声をかけると一斉にみんなの視線がこちらを向き、挨拶を返してくれる。
彼らの姿はいつもと変わりなく淡々としていて、何か大変な事態が起きているようにはとても見えない。
聡太の姿を目で探すと、コンピューターの前に座ってこちらを見ていた。
辞める辞めないで相談を持ちかけられていたスタッフも、黙々と作業をしているだけで、特に何かあるような雰囲気にやはり感じられない。
どういうこと……?
私は焦る気持ちで、落ち着き払っている聡太の元へと近づく。
「どうしたの?」
近くに行って声をかけると、ちょっと向こうで。と私を促し椅子から立ち上がる。
「少し席をはずします」
近くのバイト君に声をかけて、聡太はフロアの外に向かってのんびりと歩いて行く。
バイト君たちの前じゃ言い難いこと?
やっぱり人事関係?
河野にも声をかけたほうがいいだろうか?
それにしても、急ぎじゃなかったのかな?
直ぐにというくらいだから、緊急の用事なんだよね?
だけど、聡太は少しも急ぐ素振りは見せないし、何か話し始めるわけでもない。
ゆったりとした歩みを見て、仕事そっちのけで来てしまった自分の気持ちの方が焦っていく。
席をはずしてしまったことで、いない間に業者から連絡が入るかもしれない、とか。
早くデスクワークを終わられて、店舗へ行かなくちゃいけない、とか。
頭の中に優先順位をつけられた仕事の内容が、箇条書きのように次々と浮んでくる。
そんな私とは対照的に、相変わらずゆっくりとした歩調で半歩前を行く聡太の背中を追った。
「喉が渇いたな」
なんて、聡太はポケットに収まっていた財布を取り出し、駐車場へ出る裏の玄関口へ向かって行く。
駐車場までいかなくても、給湯室の先にも自販機は設置されているのに。
焦っているせいか、そんなことにいちいち気がいってしまう。
それでも、私は黙って後をついていった。