躊躇いと戸惑いの中で


「乾君っ!」

乱れた呼吸で彼の名前を叫び、今いるこの場所がどこなのかを目で訴えた。

「二人でいるときは、聡太でしょ」

けれど、少しも動じる素振りもなく、平然とした顔つきをされてしまう。

どうしてそんな落ち着いた顔でいられるの?
仕事中だよ。
こんなのおかしいよ。

「聡太。ここは、会社だよ」
「わかってる」

「誰かきたら大変じゃない」
「それなら、それでもいい」

なんとなく拗ねたような口ぶりが子供のようだ。

仕事は、仕事。
割り切って考えてもらわないと、困るのに。

そこで、さっき河野が何を呟いたのかが解った。

公私混同……。

河野は、私を呼びつける彼に対して、そう言ったんだ。

仕事中に個人的なことで呼び出し、こんなことをするなんて。
河野だったら、絶対にしないことだ。

聡太は、一体何を考えているんだろう。
学生同士の付き合いじゃないのは、解ってくれていると思っていたのだけれど、私の買いかぶりすぎだったの?
いつも静かな振る舞いをする彼に、私が勝手なイメージを植え付けてしまっていただけ?

もっとしっかりしていると思っていたけれど、本当は違うのかもしれない……。


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