躊躇いと戸惑いの中で
「あの、ね。聡太」
「なに?」
躊躇いがちに口を開くと、さっきまでの態度を一変させて、甘えるような仕種で私の頬に手を当てる。
二人でいるこの部屋で、仕事の話なんてするとは少しも思っていないんだろうなと考えるととても言い難い。
躊躇っていると、そのまま顔が近づきキスをされた。
「聡太……、あの」
唇が離れた隙をついて言葉を口にしたのだけれど、また直ぐに唇はふさがれる。
強引なキスではないけれど、やめる気はないようで、楽しそうに何度も唇を奪われた。
入り込んできた舌先から聡太の味に酔いしれて、口内をいいように探られれば頭がぼんやりとししまう。
話さなきゃと思っていた言葉が霞み、彼方へと遠ざかる。
だけど、コチコチと僅かに聞こえてくる壁掛け時計の音が、私の気持ちを急かすように鳴っている気がして落ち着かない。
長く続くキスの終わりが見えてきて、聡太はそのままぎゅっと私を抱き寄せた。
耳元に聡太の暖かな吐息がかかる。
耳たぶを優しく口に含まれて、とろけそうになってきた。
嬉しいけれど、頭の片隅にある言葉をどのタイミングで言えばいいのかと考えれば、現実感が押し寄せてきた。
「聡太、あのね」
抱きしめられたまま、耳元で話す私に、ん? なんて優しい返事をされれば胃が痛くなりそうだ。
それでも、勇気を振り絞って口にする。
「会社でのことなんだけど」
躊躇いがちに話し出すと、抱きしめていた手を解き、私の顔を見る。
「私情をね、持ち込むのはやめにしない?」
私はトゲトゲしくならないように、精一杯気をを遣った。
「会社は、仕事をするところだよね。聡太の気持ちは、よく解るよ。私も聡太と一緒にいたい気持ちはあるから。だけど、会社では、そういうのは控えるべきじゃないかな?」
なるべくやんわりといってみたんだけど、聡太の唇はきゅっと結ばれていき、もう目は笑っていなかった。