躊躇いと戸惑いの中で
玄関から一歩出ると、真っ暗な空に一つだけ星が見えた。
都会の空は、今日もたくさんの瞬きを懐に閉じ込めて隠してしまっている。
降るような星、なんて聞いたことがあるけれど、そんな星をみられる場所など本当にあるんだろうか。
実家が都内の私には、そんな映画みたいな空を見る機会など今までなかった。
今目の前に僅かに輝きを放つ一つの星を見上げ、そんな場所があるならみてみたいな、と心の片隅で思う。
駅に向かって躊躇いなく歩を進める聡太の隣に並び、私は歩調を合わせながら、お願いなんて改まって言う聡太に不安が過ぎる。
なかなか話を切り出さないまま、駅まで二、三分となった頃、ようやく聡太が口を開いた。
「お願いなんだけど」
躊躇いがちに話し出す声が暗い。
まるで、たくさんの星を隠してしまっている、このくらい夜空みたいだ。
「なに?」
訊ねる声が震えた。
「少し、距離を置かない?」
瞬間、ドクリと嫌な音が体中を支配した。
その音が耳鳴りみたいに、ドクリドクリと鳴り響く。
「……距離」
聡太の言っている意味が、理解できない。
頭が真っ白になっていく。
「沙穂を好きな気持ちは変わらない。けど、河野さんとのことを理解する余裕が、今の僕にはないし。理解したくないっていうのが正直なところ」
聡太の声が、耳鳴りの奥で歪んだ電波みたいになってよく聞こえてこない。
何を言ってるの?
ねぇ、聡太。
よく、聞こえないよ……。
「沙穂のそばにいると、どうしても河野さんの影がチラついて。どうしようもなく苦しくなるんだ」
聡太の言葉が耳に届かない。
ただ、つらそうな表情が。
歪んでいくその表情が。
今にも泣き出しそうで。
だけど、どうしたらいいのか、判らなかった。
目の前にいるはずの聡太に、うまく焦点を合わせられなくなっていく。