躊躇いと戸惑いの中で
「だから、ごめん……。しばらく離れたい」
そっか。
そういうことか……。
離れたいなんて、きっと本当はもっとずっと前から言いたかったんだろうな。
メッセージが来ないのも、社内で挨拶だけなのも。
休日に逢えないのも、そういうことだったんだよね。
私、やっぱり女子力落ちてるんだな。
こんなことにも気がつかないんだもん。
定まらなかった視線を、なんとか声のするほうへと巡らせる。
それが、どこか別の場所であるようにと願いながら、ゆっくりゆっくり辿ってみたけれど。
辿り着いた先にある聡太の悲しい瞳が、私の心に突き刺さるだけだった。
耳鳴りはまだ止まないのに、聞きたくない言葉が聡太の口からどんどん聞こえてくる。
「結婚も。僕にはまだ自信がない。沙穂と結婚したくないわけじゃない。だけど、僕の中で、乗り越える自信みたいなものが、まだ確立できないんだ」
「結婚なんて……」
「なんて、じゃないでしょ」
聡太が悲しい顔のまま力なく言って笑って見せた。
「沙穂にとっては、とても大事なことだよね? とても大事だって思うから、僕は余計に踏み出せないのかもしれない。僕は、とても弱い男なんだ……」
聡太の話す言葉が、痛い。
耳鳴りがする。
グワンッグワンッて、歪んだようなイヤな音が耳の奥で鳴ってる。
「だから、少し離れたい。沙穂と離れて、よく考えたい」
「待って」
何か言わなくちゃ。
そう思って呼び止めても、何をどう言っていいのかわからない。
口ごもる私を前に、聡太の瞳が揺れる。
「沙穂は、何も悪くないから。僕の、問題なんだ。だから――――」
お願いします。と聡太が私に向かって頭を下げた。
何も解らない。
何も考えられない。
この場所から逃げ出したくてしょうがないのに、少しも体が動かなかった。
立ち尽くす私に背を向け、聡太が改札を抜けて行く。
追いかけることも出来ず、私はその背中が消えて行くのをただ呆然と見送っていた。
見上げた夜空は、さっきまで見えていた星も既に何処にあるのかわらない曇り空で、この先、星を閉じ込めてしまった雲の蓋が開くことはないような気がした。
続く鳴りの奥では、聡太の声が遠く遠く聞こえていた。