躊躇いと戸惑いの中で
夕方。
まだしばらく続く残業に備えて、ドリンク剤を飲みに給湯室へ向かう廊下を歩いていた。
その廊下をいけば、必然的にPOPフロアの前を通ることになる。
廊下を行くと、明かりが漏れているのが見えて、それだけで心臓がキュッと苦しく反応してしまう。
就業時間まであと少しあるのだから、照明が点いているのは当たり前か。
―――― 距離を置きたい。
聡太から言われた言葉が甦る。
私は右手をきつく握り締め、切なく苦しい胸の辺りに持っていく。
縋りたい気持ちを振り切るために、明かりの漏れるフロアの前を足早に通り過ぎようとした時、聡太の姿を視界に捉えて思わず足が止まってしまった。
「聡太……」
真剣な横顔は、コンピューターの画面を見ていて、私には少しも気がつかない。
そんな風に気づいてもらえないことが、自分の存在を否定されているみたいで涙が滲む。
仕事に集中しているだけじゃない。
そう言い聞かせながらも、滲む涙に声をかけてしまいたい衝動に駆られて、口を開きかけたけれど、頭の奥で、離れたいといって瞳を揺らした聡太の顔が過ぎり唇を結んだ。
聡太から無理やり視線をはずし、私は急いでその場を離れる。
小走りに給湯室へと駆け込み息をつき、壁にもたれて目を閉じると、目頭がじんわりと熱くなった。
「何やってんのよ、私」
目を閉じたまま自分を叱責し、深く呼吸をした。
仕事で悔し涙を何度か浮かべたことはあったけれど、まさか社内恋愛でこんな風に涙する日が来るなんて。
自嘲気味に笑うことで、涙がこぼれるのを抑え込み、冷蔵庫に買い置きしてあるドリンクを手にして、一気にからだへと流し込む。
「よしっ。気合だっ」
じんわり浮んだ涙を乱暴に拭い、そんな風に言うことで今の気持ちを振り切った。
それからもう一度深く息を吸い込み吐き出して、仕事モードに切り替える。