躊躇いと戸惑いの中で
「コーヒーでも淹れるか」
余計なことを考えないように、コーヒーを美味しく淹れることだけ考えてカップを用意していたら、河野が現れた。
「俺にも一杯くれ」
店舗周りに精を出しているはずの河野が現れたことに、私は少し驚いた。
というよりも、涙顔を見られてないかと焦る気持ちがあった。
河野に泣き顔なんか、一度だって見せたことなどない。
会社で女が泣くなて、仕事で負けを認めている気がして、絶対に泣かないと決めていたからだ。
だから、なるべく自然に顔を背けるようにして、ふざけた返事をする。
「了解しました。エリアマネージャー様」
冗談交じりの私を河野が笑う。
「その後、どうだ?」
訊かれて、ドクリとイヤな音が心臓をざわつかせた。
聡太と距離を置いていることを、河野には話していない。
けれど、仕事熱心な河野が、そんな個人的な質問を社内でしてくるはずはないと、“その後”がどれにあたるのかを思案する。
気持ちを切り替えて、仕事のことしかないと脳内をフル回転させた。
「新店の予定はなし。既存点の改善についても、徐々にだけど成果が出始めてる。小田さんに押し付けられた郊外店も、河野の手腕で持ち直し始めてるって、社長が少し嬉しそうに話してたよ」
「そうか。それはよかった」
嬉しそうに顎へ手をもっていき、ひと撫で。
得意気に少しばかり口角も上がっている。
「ただ。小田さんの機嫌は、よろしくないけどね」
「それは、俺も知ってる」
「でも、仕方ないわよ。ご機嫌取りで仕事をしているわけじゃないもの。売上が落ち込めば会社は傾いていくだけだし。やるしかないよね」
「さすが、碓氷。男前発言!」
「なんか、馬鹿にしてるでしょ」
妬むように上目遣いしても笑って誤魔化されてしまうけれど、こうやって話をすることで泣きそうだったさっきまでの自分を忘れることができた。