躊躇いと戸惑いの中で
淹れたてのコーヒーをカップに入れて、河野へ差し出す。
「サンキュ。やっぱ、碓氷と話してるとおもしれーな。なんていうか、同士だからかな」
「同士ね。それ、解る気がする」
河野と話している自分は、純粋に仕事へ目をむけられる。
大変な事は大変だけれど。
きつい仕事も、やりがいを感じられる。
仕事が好きなんだって、実感することができる。
聡太のことに囚われてばかりで、ウジウジと考え込んでいる自分はらしくない。
顔を上げて、しゃきっとしなきゃ。
淹れたてのコーヒーをその場でひと口飲んで、喉を流れていく濃くて苦い味を堪能する。
甘えた感情なんて、仕事中に抱いている場合じゃないよね。
「なぁ、碓氷……。さっき、お前……」
躊躇いがちに、河野が言葉を区切った。
「ん? なに?」
「あ、いや。やっぱりいいや」
何か言いかけてやめた河野は、なんでもない、と私が淹れたコーヒーを同じように口に含んでいる。
「やっぱり、……焦りすぎたのかもしれないな」
「ん?」
「あ……いや。こっちの話」
何のことだろうと首を傾げていたら、河野が踵を返した。
「少ししたらまた近郊店廻ってくるけど、なんか持ってくもんあるか?」
給湯室を出ていく河野に続いて、私もカップを手に廊下へ出る。
「特にはなかったと思うけど」
歩いていった先のPOPフロアからは、さっきまで灯っていた明かりが既になくなっていた。
未練がましい気持ちが、まだその辺にいるんじゃないかと、聡太の姿を探してしまう。
けれど、当然のことながら、居るわけなどない。
就業時間も過ぎているし、もう、帰ってしまったのだろう。
しゃきっとしなきゃなんて思いながらも、いちいちそんなことを気にしている自分が嫌になる。
河野とデスクに戻り席に着くと、癖のように携帯のメッセージを確認して、“0”の数字に苦笑い。
やっぱり重傷かもしれない。