躊躇いと戸惑いの中で


「河野?!」
「よう。本当に奇遇だな」

笑顔で座る彼は、アイスコーヒーのグラスをテーブルに置いて私を見る。

「なにやってんの?」
「碓氷こそ。そんなおしゃれして、デートか?」

その言葉が心臓にグサリと傷を負わせたけれど、平気な表情を取り繕った。

茶化すように言って笑う河野を見ながら。
そういえば、夜にアルコールを飲みながらふざけあうのはよくあることだけど、こんな風に休日の昼間に逢うことなんてなかったから、なんだか変な感じがするな。

「乾と待ち合わせか?」

なおも続く質問に、表情筋がやられそうだ。

「今日は、忙しいみたいなの」

わざとらしく残念そうに言ってみた。

それにしても、“今日は”なんていっている自分は、なんなんだろう。
つまらないプライドだよね。

「なんだ。今日は、寂しい独り身か」

ケタケタと笑う河野を、あえてひと睨み。

「あ……。わりぃ、わりぃ」

少しだけすまなそうにするものだから、なんだか逆に可笑しくて笑えてきてしまった。
ぷっと吹き出してクスクス笑っていると、笑ってるなんて余裕じゃないか。なんていわれた。

「余裕?」
「乾が自分のことしかみてないと思っているのか。休日に他の女と逢ってるかもなんていう考えは一ミリもないのか。それとも、乾のことをそれほど想っていないのか。なんにしろ、笑って話してる碓氷を見れば、余裕かましてるようにしか見えない」
「そんな。余裕なんて何もないよ」

私は、肩をすくめる。

距離を置きたいなんて言われて、余裕なんてあるわけない。
自信なんて、豆腐を崩すよりも簡単に粉々だ。

聡太の事は、信じている。
束縛してくれるくらいだもの、きっとまた元に戻れるって思ってる。
だけど、それが余裕かといわれたら、そうでもない。

今だって。
もしかしたら、もうこのまま聡太とは終わってしまうかもしれないと、心の中では恐々としているんだ。

そんな風に考える反面、こんな風に街に出れば、もしかしたら聡太に偶然会うかもしれないなんて、期待をもっていたりもする。
偶然なら、逢っても赦されるかもしれないなんて、浅はかなことを考えたりしてるんだ。
だから、おしゃれだってしてきたんだもの。

女々しすぎるなぁ。

にしても、聡太のことを想っていないなんて。


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