躊躇いと戸惑いの中で
「今日は、上がりですか?」
私の目を見ずに、世間話でもするような態度で聡太は私に接してくる。
やっと聞けた声だったけれど、その態度が物凄く寂しくて、切なくなった。
「……うん」
言葉少なに応えるのが精一杯だった。
何か言えば、もっと辛くなる気がして口を閉ざしてしまう。
だって、なんだかとても遠く感じるんだ。
まるで他人みたいな態度の聡太に、心臓が冷えていく。
このまま冷たくなって凍りつき、止まってしまえばいいのに。
聡太に反応する心臓なんて、要らないよ。
泣き出しそうな瞳を見られたくなくて、足早に俯き出口へ向かう。
「お疲れ様」
感情を殺し、抑揚なく言って廊下へ出た。
呼び止める声も、後を追ってくる気配もない冷たい廊下を、うな垂れるようにしてフロアへと戻った。
距離を置きたいなんていっていたけれど、もうお終いかもしれない。
あんな話し方をされるようじゃ、希望なんて少しも持てない。
いっそ、別れたいって言ってくれたほうが、ずっとすっきりするのに。
それとも、私から終わりにするのを待ってるの?
だとしたら、それって結構意地悪だよ?
自嘲気味に笑ってみたけれど、涙が滲むだけだった。
デスクに戻り、溜息交じりにPCの電源を落としていたら、河野が戻ってきた。
「おつかれ~」
「おつかれさま」
河野は、私の力ない挨拶に気づくこともない。
聡太とのことで変に気を遣われるのも気が引けるからそのほうがいいけれど、弱い心が慰めて欲しいと、優しさを求めてもいた。
「もう帰るのか?」
「うん……」
気持ちが表情に出ていたんだろうか、返事をした私を見て河野が眉根を下げた。
河野の表情に気づいた私は、慌てて表情を引き締める。
河野だからこそ、言えない事があるんじゃない。
しっかりしなよ、私。
「碓氷、ちょっとだけいいか?」
落ち込んでいるのを悟られないように、なるべく笑顔をで問い返す。
「何?」
「あ、いや。ここじゃなくて、……倉庫。倉庫に来てくれ」
「倉庫?」
首をかしげると、先に行ってる、と河野がフロアを出て行った。
なんだろ? 店舗に出す商品で何か問題でもあったのかな?
倉庫と聞いて、瞬時に脳内が仕事モードに変わった。
そんな自分の仕事人間ぶりに、少しだけ救われていた。