躊躇いと戸惑いの中で
「店で会った時は、あんな風に言ったけど。碓氷は、平然と仕事をしながらも、ちゃんと乾を好きなんだろうなってさ」
聡太を好きなようには感じられない、ていっていたことか。
「いつも碓氷は真面目だろ。まー、上にいる人間なんだから、そんなのは当然の話なんだけどな。けど、碓氷が乾を見るときの目は、やっぱ俺を見てるときとは違うんだよな」
棚の一つに寄りかかる河野は、力なく零す。
「無理やりキスしたり。指輪買ってみたり。挙句その指輪を無理やり貰ってくれなんて言ったと思えば、はめてくれなんて。冷静に考えてみれば、随分と横暴な話だよ。乾に若気の至りなんていったけど、んなもん、お前が言うなって話だ」
自嘲気味に笑う河野の瞳は悲しげだ。
「最近、POPフロアの前を通るたびに乾のこと見てるだろ?」
言われて、ドキッとする。
あの瞬間を見られているとは、思っていなかった。
距離を置かれた寂しい気持ちで、フロアの中にいる聡太を見ていた未練がましい姿に気づかれていたかと思うと、恥ずかしさで一杯になっていった。
「アイツと、なんかあったのか?」
訊かれて口篭ると、無理には訊かないよ、と小さく呟く。
「話を戻すが。結婚を望んでいる碓氷のことだから、俺の方が絶対に合う。なんて、勝手に自信もって。しかも、あんなガキになんか持ってかれてたまるかよ、何てことも思ってた自分が今は恥ずかしいよ」
手持ち無沙汰のように、スーツの内ポケットにしまってあった煙草を取り出し手に握る。
けれど、倉庫が禁煙なのは解っているから、その煙草は手の中に収めたまま。
ただそれを弄ぶようにしているだけ。
「この年になって。……いや。この年だからだな。人生経験も少ないガキが、碓氷を幸せになんかできるはずないって。根拠のない自信に支配されてたんだ」
いつも冷静で、物事の先まで考えて行動するタイプの河野が、気持ち優先でそんなことを思っていたなんて。
「なわけで。今回の一件で、俺は色々と学習をしたわけだ」
そういって、顔を上げた河野が私を見る。
「横槍入れるのは、もうやめる。乾と結婚するもしないも碓氷がきめることだよな。外野が何を言ったところで、鬱陶しいだけのことだ。まー、早くしないと高齢出産は大変とだけ言っておくけどな」
最後のセリフのあとに、河野がケタケタと声を上げる。
「もうっ」
わざと笑わせようとしてくれる河野に感謝しながら、私もその冗談にのって少し笑った。
「色々引っ掻き回して、悪かったな」
しんみりとした口調の河野に、私は首を横に振った。
そんなことない。
寧ろ、こんな風に自分のことを想ってくれた事が嬉しいくらいだ。
気持ちに応える事はできなかったけれど、私にとって河野という存在の大きさはずっとこの先も変わらないといいきれる。
「同士だからね。赦してあげる」
上目線でわざと言ってみたら、なんだとー。と笑いながら小突かれた。
河野とは、こんな風にいつだって笑いあえるいい仲間でいたい。
「しっかり捉まえておかないと。若気の至りでした、なんてことになっちまうぞ」
何も知らない河野から、カウンターの一撃が飛んできた。
しゃれにならないセリフに心臓が痛い。
それでも、目の前で笑顔を見せてくれる河野のおかげで、泣きそうになる事はなかった。
「ありがと」
片手を上げて、先に倉庫を出て行く河野の背中に私は頭を下げて見送った。