躊躇いと戸惑いの中で
カツカツと急ぐ足に反して、聡太の姿は見当たらない。
給湯室から、そんなに時間が経っちゃってたかな。
それとも、もう、電車に乗っちゃった?
少し不安になりながらも、駅に駆け込み、改札をくぐる。
階段を駆け下り、ホームを目指しながらも聡太の姿がないかと視線を走らせる。
キョロキョロと姿を探していると、ホームに電車が来た。
そこで、聡太を発見。
いつも通り、鞄も何も持たずに手ぶらで乗り込んで行く姿を少し先でみつけて追いかける。
ドアが閉まるギリギリ。
飛び乗った私に、ドア付近にいた人が驚いた。
その人たちに、ごめんなさい。と頭を下げながら、車内に乗り込んだはずの聡太の姿を探した。
電車に飛び乗り車内を少しざわつかせた私だけれど、そんなことなど聡太は気にもとめていないようで、少し奥のつり革につかまって窓の外を眺めているみたいだった。
車内はそこそこの混み具合で、本当なら聡太の近くまで行きたいところだけれど、さっき周囲に迷惑をかけたばかりの私はその場にじっとしているしかない。
ドア付近から、こちらに背を向けて立つ聡太を窺い見る。
すっと伸びた背筋と、つり革に掴まる手が私の心をキュンとさせた。
あの手に、もうずっと触れられていない。
突然抱きしめてきたり、キスをしてきたり。
かと思えば、壊れ物でも扱うみたいに、そっと触れてくる。
絵を描く繊細な指先で、また私に触れて欲しい。
力強く抱きしめて欲しい。
淹れたコーヒーに、美味しいといって目を細め、おでこをくっけて欲しい。
沙穂。
そう、呼んでよ。
切なくなる気持ちを堪えながら近くにいけないもどかしさを抱えていると、聡太がようやく動き出した。
電車のドアが開き、聡太が降りる背中を追う。
あれ?
ここ、うちの最寄り駅だ。
聡太の家がある最寄り駅は、もう少し先なのに。
不思議に思いながらも、人の波をかき分け追いかけると、改札を出て少し行った先で聡太の姿を見つけた。
私は立ち止まり、一つ大きく深呼吸をする。
気持ちは決まっている。
伝えたいことも、決まっている。
ダメならダメで仕方ない。
撃沈したとしても、すっぱり諦めよう。
なんて、今は思っていても、あとからジワジワやられるかもなぁ。
弱気になりながらも、もう一度深呼吸をして聡太の背中を追いかけた。