躊躇いと戸惑いの中で
「平気な振りしてたけど、内心では沙穂の周りにあること全てにいつも動揺してたんだ。だけど、年下だから頼りにならないって思われたくなかった。河野さんに負けてるって思われるのも、悔しかったしね」
最後の言葉を、聡太は少し恥ずかしげに呟いた。
「だけど、一番悔しいのは、距離を置こうって言った時に、沙穂がイヤだっていってくれなかったこと」
抱きしめていた体を離し、私の顔を覗き込んでくる。
その瞳が、どうして? と訊ねているみたいだ。
「ごめん……。なんていうか、正直突然すぎて驚いちゃって、嫌とか言う余裕もなかったの。でも、あとからジワジワ効いてきて。離れていることに寂しさも感じたし、恐さも感じた」
正直に話すとほっとしたような顔をしたあと、少しだけ不思議そうに訊く。
「恐さ?」
「うん。このまま、終わっちゃうかもって……」
不安げな表情の私に、ニカリと白い歯を見せ笑う。
「それ訊いて安心した」
言って直ぐに、聡太はまた私をぎゅっと抱きしめる。
「シンプルに考えることにしたんだ」
「シンプル?」
繰り返す私の耳元で、聡太は言う。
「気持ちに正直になろうと思って。色んなことが視界に入りすぎたり、惑わされたりは、もうイヤだなって。年下だからとか。河野さんのこととかね」
抱きしめていた腕を解き、聡太が私の手を握る。
その手に引かれ、ゆっくりとマンションの方へ向かって並んで歩いた。
「平気な振りをするのは、もうやめる。もちろん、仕事中は沙穂のことを見習って、公私混同はしないよう努力する。だけど、僕が好きなのは沙穂だし。沙穂も僕を好き」
そうだよね? と自信ありげな瞳が私を覗き込んできたから、笑顔でその目に頷きを返すと、満足したような顔。
「信じることにしたんだ。前に沙穂、言ったでしょ? 自信を持って欲しいって。僕、沙穂が安心していられるような男になるよ。僕は、沙穂を幸せにしたいから」
逞しいって思った。
初めて店舗で話をした時よりも、ずっとずっと逞しくてしっかりしてると思った。
今の聡太になら、信じてついていってもいい。
そう思えた。
「ありがとう」
呟き、寄り添う私の手を、聡太がしっかりと握り返してくれる。
誠実な聡太の姿勢に、私は安心して歩き出すことが出来た。
恋愛や結婚なんて、長い道を歩いて行く中での、ほんの些細なできごとなのかもしれない。
けど、その道を一緒に歩いていける人がいるというのは、けして些細なことなんかじゃなく。
とても大きくて、大切なこと。
見上げた夜空には、小さな星が一つ。
今日もこの夜空は、たくさんの星を隠してしまっている。
「ねぇ。聡太は、降るような星って、観たことある?」
「あるよ。星、観たいの?」
「うん」
「じゃあ。今度、長い休みをとって、一緒に行こうか。僕の両親がいる、田舎に」
言われて、一瞬の間。
その意味に気づいて驚くと、三日月みたいに細められた優しい瞳が私を見ていて、とても愛おしくなった。
「楽しみにしてる」
くっつけられたおでこがすぐったくて、とても幸せな夜。
まだ観ぬ降るような星が、この空一面に広がっているのが見えた気がした――――。