躊躇いと戸惑いの中で
「さっきスルーしたけど。碓氷、あの翌日に、乾に会いに行ってんのか?」
「まーね。あれだけ散々飲ませて連れまわしたから、寧ろ嫌になっちゃって店にも顔出してないんじゃないかって、少し心配になったのよ」
「来てたんだろ?」
「うん」
「お前、そん時になんか言ったんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「俺が本社勤務を決心させたんじゃなくて、お前が何か言ったから決心したんじゃないかってことだよ」
「私が?!」
驚いた。
河野は、一体何を言い出すのか。
決心させるようなことなど、何一つ言っていない。
寧ろ、私のほうがお一人様を再確認させられただけのことだ。
唯一何かしたといえば。
「お土産で、みんなにフラペチーノを持って行ったくらいよ」
「賄賂かよ」
「あのねー。労いよっ。乾君だけに買っていったわけじゃないのよ。みんな頑張ってるから、店の人数分買っていったの」
「それだけか?」
「それだけよ。ほかには、なーんにも」
「体で落としたとか?」
河野がそう言った瞬間に、ボディーへ軽くパンチを繰り出した。
ぐへっ。と、それほど痛いはずもないのに、わざとらしく“く”の字になっている。
くだらない冗談と勘繰りに、呆れてため息しかでてこない。
「フラペチーノごときで、本社勤務を決めるとは思えないしな」
お腹をさすりながら、河野は首をかしげている。
「それで決めたとしたら、安すぎるわよ」
それにしても、乾君に一体どんな心境の変化があったんだろう?
まさか、本当にフラペチーノ?
なんて、ない、ない。
それから少しして社長からの辞令がおり、乾君は正式に本社勤務となった。
木下店長からは、うちの人材を奪うなと冗談めかして叱られたので、早急に大型店舗に配置されている社員を一名回した。
「あとは、梶原がうまく機械の扱い方を教えてくれるといいんだけどな」
「そうね。彼が機嫌を損ねると、何にも教えようとしないからね」