躊躇いと戸惑いの中で
汚れた指先を眺めてから乾君を見れば、黙々とやるべきことをこなしていって頼もしい限りだ。
そんな彼の周囲は余りにも雑然と散らかりすぎていた。
デスクの上で今にも崩れ落ちそうな書類の山。
作業台の上に散らかる、プリンター用紙やインクの空き箱。
ゴミ箱の周りに落ちている、よく解らない屑の数々。
きっと片づけする間も惜しむほど忙しいのだと思うのだけれど、もう少し綺麗に整理されていた方が作業もしやすいだろう。
そう考えて気になった書類へ手を伸ばそうとしたら、いつの間にかそばに来ていた乾君にその手を掴まれた。
っ!!
驚いて彼を見る。
「インクのついた手で、色々触らないで下さいね」
掴まれた手と至近距離からの突然の声に、心臓がバクバクいって反応している。
「あっ……。そうだよね。ごめんっ」
いくら散らかっている場所とはいえ、大切な資料や書類もあるだろうに、汚してしまっては大変か。
手首を掴まれたまま慌てて謝り、叱られてしまったことに彼の顔を窺い見ると、当然恐い顔をしていると思いきや、全くそんなことがなくて意表をつかれた。
触らないでというくらいだから、きっと怒った顔をしていると思ったのに、どちらかというと優しげな表情なんだ。
「大きな声出して、すみません」
そして、謝られてしまった。
「ううん。私の方こそ、軽率だったよね。ごめん」
謝ってもなお、乾君は手首を掴んだまま放さない。
しかも、表情は優しく穏やかなままで。
なんだろう、これ。
なんていうか、こういう顔を昔どっかで見たことがあるんだよね。
えーっと、なんだっけ?