躊躇いと戸惑いの中で
私の手首を掴んだままの乾君と向かい合いながら、過去の記憶を掘り起こす。
状況とは裏腹に、やけに冷静な思考で思い出そうと記憶を辿りながらも、こういう場合どんな顔をすればいいのか判らずに、ただ目の前にいる乾君を見ていたら、ふっと手の力が緩み放してくれた。
掴まれていた手首の感触と共に、もう一度謝りながら彼を見ると思いもよらないことを言われて驚いた。
「碓氷さんて、結構華奢なんですね」
言葉もなく、目だけが見開く。
その瞬間に思い出した。
ああ、そうだ。
これって、高校の時に告白してきた男の子の顔と一緒だ。
あの時の彼は、何君だったっけ?
名前は今咄嗟に思い出せないけど、告白してくれた時の彼は、私の瞳の中に心があるみたいに気持ちを覗き込もうと見つめてきてたっけ。
今の乾君は、あの時の彼のように私のことをじっと見つめている。
気がするんだけど、それって……。
ま、まさかね。
何を想像しているんだ、私は。
と、とりあえず、こういう場合はなんて応えればいいの!?
久しく周囲から女として扱ってもらえていなかったのに、不意に思い出した高校の時の甘い告白の記憶にかられて、思わず返答に困ってしまった。
「そ、そうかな」
はは。なんて、笑ってみても、顔が引き攣ってしょうがない。
ヤバイ、女子力落ちてる?
そもそも、入ってきたばかりの新入社員相手に、意識してどうするのよ。
ここに河野が居たら、いい笑いのネタだよ。
さすがの碓氷も、女だったんだな。なんてガハガハとデリカシーもなく笑いそう。
ああ、想像しただけでげんなりする。
確かに、恋愛から遠ざかってはや数年。
恋なんて、どんな風にしていたかも思い出せない感じたけれど、相手を考えなさいよ。
ついこの間まで大学生やってて、四月に入社してきたばかりの新人だよ。
高校の時の初心で淡かった頃とは違うんだからね。
いくつ離れてると思ってんのよ、私。
「どうかしましたか?」
「え? あ、ううん。なんでもない」
見つめられて、華奢なんていわれたのが何年ぶりだから意識しちゃって、なんて正直に応えている場合でもないので、笑って誤魔化してみた。
「そうだ。お腹空かない? 乾君、忙しくてここを離れられそうもないみたいだから、お弁当買ってきてあげるよ」
「本当ですか。嬉しいです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
まるで、彼から逃げるようにして私はソソクサとPOPのフロアを後にした。
あ~、変な汗かいた。