躊躇いと戸惑いの中で
「タクシー呼びますか? あ、僕これ置いたらお終いなので、送って行きます」
真面目な顔をして心配する乾君が、色々と気を利かせてくれるのだけれど。
「あ、うん。ありがと。けど、河野がね」
そう説明したところで、河野の車が玄関前に滑り込んできて、軽くクラクションを鳴らした。
その車に乗る人物を目視すると、乾君の顔が曇っていく。
「河野さんの車で、帰るんですか」
「あ、うん」
返事をする私を見たあと、乾君は運転席に座る河野の方へと視線を移す。
「お弁当を買いに出るらしいから、ついでに私の家まで送らせてやろうと思って」
冗談交じりに笑ってみたのだけれど、乾君の表情が崩れない。
今の笑うところなんだけどな。
これじゃあ、ただの偉そうな女になってしまうじゃない。
「河野さんがお弁当を買いに行くなら、僕がタクシーで送りますよ」
「え、でも、もう河野が車回してくれてるし」
そんな会話を続けていたら。
「碓氷ー。行くぞ」
クラクションを鳴らしても私が動き出さないせいか、河野が車の窓を開けて呼んだ。
そんな河野へ右手を上げて、今行くと合図を送ると、すぐそばに立つ乾君がぼそりとこぼした。
「……河野さんと、やっぱり仲がいいんですね」
「何言ってんの」
乾君の言葉を笑い飛ばしていると、早くしろー。と河野がちょっときつい言い方で催促してきた。
お腹が空き過ぎて、機嫌が悪いのかもしれない。
「じゃあ、乾君も気をつけて帰ってね。また明日」
右手を上げて玄関を出て行く私を、乾君はいつまでも見送っていた。