躊躇いと戸惑いの中で
不機嫌なキス
不機嫌なキス
私が助手席に乗り込むと、河野が車を急発進させた。
「ちょっ、ちょっと。まだシートベルトもしてないってば」
突然動き出した車に慌てる私に構うことなく、ハンドルを乱暴に操って河野は不満そうな顔をしている。
「なんかあったの? お腹空き過ぎて機嫌悪いとか?」
冗談めかして言いながらようやくシートベルトをして訊ねると、何故だか私に向かって冷たい一言。
「なんか、ムカつく」
「はい?」
何、私にムカついてるわけ?
確かに河野が呼んだのに直ぐ行かなかったけど、ムカつくなんて言われるほどのことじゃないでしょーよ。
「直ぐ来なかったくらいで、いちいち怒らないでよ」
子供じゃあるまいし。
私がそんな風にこぼすと、隣ではまだ不満そうなむすっとした顔で乱暴な運転を続けている。
私、他に何かした?
わけが解らないよ。
さっきまで、いつもどおりに人のこと茶化して笑ってたじゃない。
もしかして、私が転んで倒れこんだことを今更怒ってるとかないよね?
河野に限って、そんなことはないか。
送ってくれるのはありがたいけど、こういう雰囲気になるくらいなら、膝の傷が恥ずかしくても電車に乗ればよかったよ。
それでも嫌な空気を変えたくて、なるべくいつもの調子ではなしかけてみる。
「河野さー。こんなことくらいでいちいち怒ってたら、いつまでも彼女なんかできないよ」
からかう私へ、フンッと嘆息が返ってきた。
ちょっとぉ。
なによ、それ。
感じ、悪っ。
河野が不機嫌なおかげで、しばらく会話もないまま車だけがひたすら呻りをあげていた。